The Sounds of Nightmares
Japanese Translation
サウンドオブナイトメア 日本語訳
「リトルナイトメア」シリーズ、「サウンド オブ ナイトメア」の非公式和訳サイトです。
最終章の翻訳が完了してからも、何度か修正をする予定です。なるべく正確な状態で読みたい方は、10月下旬以降に改めてチェックしてください。
【12/11追記】日本語公式訳が出ました。となると、このサイトの役割は?
多角的に切り口がある方が、理解も深まるので、基本的には手を入れません。あとがきに追記する形でコメントを追加しようと思います。
【10/14追記】完成!
【10/15追記】デザインを微調整、翻訳あとがきを追記しました。用語の統一のため全体的に変更した内容は、そこにまとめて記載しました。
♪ 楽しみ方 ♪
オリジナル音声を聞きながら読むことを推奨します。
この作品は「音」から得られる情報も多いため、効果音も文字起こししていますが、すべてを記載しているわけではありません。
各ページに公式YouTubeの音源リンクを用意していますので、ご視聴ください。楽曲担当者が過去作のゲームに携わっていることもあり、壮大な臨場感を楽しめます。
サウンドオブナイトメアとは
バンダイナムコEUの「あなたが見た悪夢を教えて」の企画により、一般ユーザーから集めた悪夢を元に作られたお話です。
ヨーロッパ圏を中心とした音声で配信されています。
6章構成。このサイトでは、英語の音声を翻訳しています。
キャラクター
●オットー/ Otto
カウンセラー。彼の一人語りから始まります。●ヌーン / Noone
オットーのいる病棟に入院している少女。Nooneは自分でつけたニックネームらしい。●シィシィ / Sisi
女性。オットーの大切な人らしい。●キャンドルマン / Candleman
ヌーンの夢の中でたびたび登場する不思議な男。
物語の舞台・背景
この物語では、カウンセラーのオットーが、患者のヌーンとの会話を録音したテープを聞いている様子が描かれています。ボタンを押す・巻き戻す・進める。まれにテープが破損した音も入ります。時代背景として、録音にカセットテープを使っているところから、今よりも古い時代の可能性が高いです。EU圏のファンの方から、オットーもヌーンも、話し言葉がすこし古い、という情報も頂いています。
翻訳・サイト作成者: でんつむり X: @dentsumuri
英語は得意な方。でも国語は苦手です。
ご意見や誤字報告などお気軽にどうぞ・・・ でんつむり宛てフォーム
サウンドオブナイトメア 公式関連リンク
Chapter 1: The Workers in the Walls 壁の中の労働者音声はここをクリック→公式英語音声
* カセットのスイッチを押す音 *カウンセラー:
昨日の夕方、とある患者と初めてセッションを行った。
重度障害の兆候は想定よりひどかった。彼女の想像力は豊富だが、特にある言葉が耳に残っている。* カセットのスイッチを押す音 *少女:
その男が私の前で、あらっぽく息を吐いてた。いちばん、はっきり覚えてる。
ソーセージがくさったような、ひどいニオイ。* カセットのスイッチを押す音 *カウンセラー:
夢の中で匂いを覚えていることは珍しい。感覚を超越している証拠だ。
この子は神経学的研究の候補者として適任かもしれないが、まずは健康を第一優先とせねば。
話の詳細を聞き逃した所もあったかも違いない。
でも手始めにまず、今夜はしっかり眠ってくれることだな。* カセットのスイッチを押し、巻き戻す音 *
ナレーション:
リトルナイトメアの世界からのオーディオフィクションシリーズ。
第1章 壁の中の労働者。
* 巻き戻りがストップし、カセットのスイッチを押す音 *カウンセラー:
カウンセラーです。
こちらテープ番号54。症例記録として、セッション番号1、患者番号1220…うぅむ、子供たちを数字で呼ぶなんて。
患者とは単なる倫理関係じゃあないんだ。
こんなやり方は上層の無慈悲なヤブ医者どもがやればいい。とはいえ都合上呼び名は必要だ。
この子が自分で考えたニックネームを使うとしよう。ヌーン。* コップに液体を注ぐ音 *ヌーンはCPIに入所して2週間になる。かなり顕著な病歴を考慮すれば、精神状態は比較的安定している方だ。毎晩発生する苦痛が悪化したため、私が担当する病棟へ入ることになった。パラソムニア(過眠症)は珍しいことではない。ヌーンの治療が不要というわけではなく、他にもっと悪い症例の患者がいるということだ。
ヌーンには軽度のトラウマの兆候も出ており、悪夢障害の可能性もある。ヌーンは内気な性格なので、最初のセッションではお互いの信頼を築くことを主目的とする。
ヌーンが心を開き、その小さな頭の中にあるものを理解することに期待しよう。* 再生するテープが飛ぶ *カウンセラー:
さぁ、その大きな椅子に座れるかな、ヌーン。
座るでも、横になるでも、馬用の鞍をつけるでも、何でも好きなように。* BGM:ジャズっぽい音楽が流れ始める *どうかな?ヌーン:
だいじょぶ、たぶん。カウンセラー:
その顔、もっと何か言いたげというか、心に詰まってるようだね。ヌーン:
こ……この音楽、壁ごしによく聞こえてた曲みたい。
今の大きなお家に引っこす前、古いマンションにいたときに。カウンセラー:
その話をしたい?昔のマンション?ヌーン:
いえ、カウンセラーさん。カウンセラー:
そうか。じゃ、もっと簡単な質問から。今日の気分はどう?ヌーン:
ちょっと悲しい。オットー:
何か理由があるのかい?ヌーン:
うん……パパとママが置いていった赤い花。ぜんぶ、しおれちゃったの。
花びらを持ち上げようとしたら、折れちゃって。でもその理由がわかった。
小さな虫が、土の下のあちこちに……。オットー:
アブラムシかな。それは可哀想に。
一人でここにいるのは辛いだろうね。君にとって、それはただの花じゃなかったんだよね。ヌーン:
そうです、カウンセラーさん。オットー:
ご両親は、君がまた自分らしく生きられることを切に望んでいる。
僕たちもそうなるように、1日1日、責任を持って協力したい。
……ちゃんと眠れているかな?ヌーン:
はい、カウンセラーさん。オットー:
僕のことはオットーと呼んでくれたらいいよ。
良く眠れてるって?ヌーン:
うん。オットー:
ここは正直者の場所なんだ、ヌーン。本当のことを話してくれないかな。ヌーン:
……わかった。
真夜中、何回も目が覚める。オットー:
発汗は?ヌーン:
ん……?オットー:
汗もかいてる?ヌーン:
あぁ、うん。心臓がドキドキしてた。胸の中でキツツキがつついてるみたいに。オットー:
悪夢と病気の症状が出るのは、同時のタイミング?ヌーン:
いや、かならず発症の後。オットー:
その悪夢は覚えてる?それとも朝には忘れてる?ヌーン:
覚えてる。何もかも、ぜんぶ。オットー:
その悪夢の話、聞かせてくる?今じゃなくても、後ででも良いし。ヌーン:
うん。昨日の夜、見たばっかりなんだ。まだ残ってる、あの感じ。
その前に、ジュースを飲んでもいい?頭がくらくらしてて。
こういう時、ジュース飲めば効くってママが言ってたんだ。オットー:
ジュースが効くって話は聞いたことないなぁ。とりあえず、はいどうぞ。* ノイズとともに、3秒ほど完全な無音 *ヌーン:
(ずずー……)オットー:
君が見てるその絵は、僕が描いたんだよ。子どもの頃に。「ザヒアの視線」ってタイトルだ。ヌーン:
なんでこんな、ぼやけてるの?オットー:
隠されたイメージを表現しているんだ。目の焦点を外すのがコツだ。試してみたらいい。ほら。
なにか見えるかい?ヌーン:
なんにも……オットー:
よし、じゃあこうやって。じーっと絵を見つめて。心をフワフワさまよわせて。
その間にジュースを飲み終えたら、君が見た夢の話しを聞かせてね。ヌーン:
飲み終わった。オットー:
じゃ、最初から始めてくれるかな。ヌーン:
目が覚めたところから始まるの。私のいるべき場所ではないどこか。オットー:
どんな場所か表現できる?ヌーン:
何もかも真っ白。
雪が野原にふり積もっていたことが、だんだん分かってきた。
おだやかな景色を、とっても高い場所から見下ろしてた。まるで……寒さと一体になったように。オットー:
寒さを感じた?ヌーン:
カウンティで過ごした冬じゃなくて、冷え切った誰かを見てるような気分だった。私の周りだけで、私自身は寒くない。私は窓から目を背けた。窓は、通路の石壁に1つだけ開いた穴で、その通路は曲がった長くのびていた。* BGM:ジャズ風の音楽がフェードアウトし、風の音が聞こえ始める *不思議な感覚がして、その場で立ち上がろうとした。
でも、天井が低くて立てなかった。
腹ばいで進んだ。うすぼんやりと明るかった。真っ暗だったら、どこかに落っこちてしまったかもしれない。* BGM:巨大な空間の反響音が聞こえてくる *別の通路が見えた。すみっこの方は暗闇の中でドクドク動いているようだった。
急に下からカチャカチャ音が聞こえてきた。巨人の中で迷子になったんだと、さっきから感じている感覚で分かった。
巨人は石でできていて、出口にたどり着くにはその血管をひたすら進み続けなきゃいけなかった。私は真っ暗闇の中に入っていった。そしたらすぐ、氷がぬれたような場所をすべっており始めた。どんどんどんどん、早く早く。このままずーっとすべり続けるのかと思ったその時......
私は外に放り出された。* ドサッ。「うっ!」というヌーンの声 *オットー:
痛かったの?ヌーン:
ううん、現実で落ちたときとの感じじゃなかった。* 響く足音。誰かが固い床の上を歩いてる *今、何か分かったよ。さっきのその絵。トラと2つのお月さまだ。オットー:
それはちょっと違う。ヌーン:
トラって見たこと無いの。オットー:
再挑戦だ。焦点を外すことを忘れずに。
大丈夫なら、さっきの話も続けられるかな。ヌーン:
ろうそくがオレンジ色の光を点してた。
でも部屋のすみまで光は届いてなかった。
横にあった石に、小さなが穴が開いていた。
この先は雪だ、また雪がふっているところを見たいなって思って、穴の中をのぞいてみた。
でも雪景色なんてものは無くて、ただの部屋だった。ガラスビンのある部屋。* BGM:しずくの音とともに、コォォォォォォという音…… *反対側の出入り口から光が差し込んできて、誰かが足をふみ入れた。
大きな男の人だった。長いコートを着て、釣り用の帽子をかぶっていた。顔をこっちに向けた。その顔はなんだか垂れているように見えた。
それで、その男は消えたの。* BGMも消える *いや、消えていない?
あ……思い出せない。ここだけ、どうしても思い出せない!オットー:
その男は、誰か知ってる人だった?例えばお父さんとか?ヌーン:
ううん、あの男はこの世界の人じゃない。オットー:
よく分からないな。ヌーン:
それが、あの男から感じたことなの。オットー:
君はさっきから「こう感じた」とか「この感覚」って言い続けてるけど、詳しく説明してくれないか?ヌーン(焦ったような早口):
他の人には分かりようがないよ!あの場所に行ったことがない限り、分かりっこない!オットー:
わかった、大丈夫だよヌーン。
もうその男の話は止めておこう。
落ち着いて。深呼吸して。* ヌーンが何度か深呼吸する音 *ヌーン:
* 反響音が始まる、徐々に大きくなる *
ふり返ると、遠くに見える壁に出口があった。
カチャカチャいう音が一番大きく聞こえてくるみたいだった。
その時、角から人カゲが飛び出してきた。
子どもだった。私は叫んだの、
「ねぇキミ!ここはどこ?」
その少年はネズミみたいに静かに、なんにも答えないまま、通路の出口を通りぬけた。
私もがむしゃらに後を追った。
たどり着いた部屋は広くて、さっきの子は見当たらなかった。壁や床のいたるところが脈打って、まるでアリの作ったトンネルが生きているみたいだった。
いろんな種類のバネが転がってて、小さなオイル缶とか変わった道具もあった。
急に足音近づいてきた。カチャカチャ聞こえる規則正しい音に合わせて。私はここにいちゃダメだって分かってたから、急いで木箱にかくれた。
顔を上げると、他にも小さなカゲが部屋に入ってくるのが見えた。カゲは静かに歩いて、ほとんどはドアのほうに入っていったけど、2人は残ってバネを探っていた。そのカゲは、全然子どもじゃなかった。
薄暗い中にいるのに、カゲのままだった。
そこに存在しない、忘れ去られたかのように、姿を見られたくないかのように。
* BGM: 不安を掻き立てる音楽 *
汚い道具を手にとったその顔はうつろな表情だった。二人とも立ち上がり、通路を見下ろして、飛びおりた。
行き場のない私も同じように、下のほうへと向かった。* ヌーンが頑張って降りる音 *
* BGM: 長く伸びる反響音、無数のガチャガチャいう音 *やっと、音の正体が見えた。金色の回転する車輪、分厚いの、小さいの、細いもの、うっぺらいの。深く底へ続いていて、終わりが見えなかった。
最初それが何か見当もつかなかったけど、遠い所からあの感覚が戻ってきて、分かった。
歯車はどれもカンペキにかみ合い、カチカチと音を立てて、止むことなく永遠に歌を歌っていた。
ぼんやりした小さなカゲたちが何百という数いて、この装置を動かすために働いていた。もしカゲたちが作業をやめれば、歯車はきっと止まって、巨人はバラバラに砕けて石くずになってしまう……そんな風に感じた。
足場に身を乗り出して気を取られてたせいで、足にレンチが当たってしまった。* レンチが当たって音を響かせておちていく音 *
* ヌーンが息を呑む *
カゲたちが全員こっちを見ていた。そのうち何人かのカゲが、私の方に向かってよじ登ってきた。
カゲたちの動きはバラバラだけど、まるで1つの意思の様だった。
私はパニックになって、レバーのスキマに入り込んだ。
せまいスキマで私のワンピースのすそが巨大な歯車の歯に引っかかったまま私を体ごと引っぱっていって、とうとう破れてしまって、私は落ちて下にあったパイプにぶつかった。そのパイプをつかみ損ねて、さらに下の足場に落ちた。
カゲは私を追いかけるのを止め、歯車にはさまったワンピースの布キレを引っ張り始めた。歯車にはさまった布のせいで、他の歯車の動きも遅くなってた。
カゲが気をとられている間に、にげることにした。
* 息を切らして走る足音 *目の前にあった壁は、カラクリ仕掛けの動きとともに、どんどん、どんどん下がり続け、回っていた。
棒をつかんで滑りおりてく間に、上のほうから大きな音がきしめいて、また歯車がさっきの歌を歌い始めた。
* ゴーーー、キキィーーー、ガチャガチャいう音が再開する *
破れた布切れがひらひら、私の目の前を通り過ぎて、ひび割れた石の横を通りすぎていった。
割れ目の向こう側から、悲痛な叫び声が聞こえてきた。
そっちに何があるか知りたいだなんて、思っちゃいけなかった……。でもだめだった。
そこに見えたのは小さな部屋で、床の上は鎖でいっぱいだった。プレスされたばっかりの修道女っぽい同じ服が3着、ベッドのそばにつるされてた。
そこに、鎖のジャラジャラする音が聞こえてきた。
心臓が止ったかと思った。
* 鎖の反響音が響く、低いうめき声 *
そいつは、やせ細った体で壁に持たれかかって、首には鎖が巻きついていた。
その男が私の前で、あらっぽく息を吐いてた。いちばん、はっきり覚えてる。
ソーセージがくさったような、ひどいニオイ。オットー:
ちょっと待って、ヌーン。* BGMがピタリと止む *その男の息の臭い、そんなにハッキリと感じたの?ヌーン:
息じゃない。その男自身から。
ほんっとうにひどい、おぞましいニオイだったから、今でも鼻に残ってる。オットー:
それは、どれくらい確実性があるんだ?ヌーン:
「ここは正直者の場所なんだ、ヌーン。」って言ったよね。その通りにしてるよ。
……。
残りの悪夢の話、聞きたい?
……オットー?オットー:
ん?あぁ、失礼、考えこんでしまってた。悪かったね。ヌーン:
ふぅん。とりあえず。
そのスキマをのぞき込んで気づいたことがあったんだ。
私がいた場所は、壁の中だったってこと。まるでネズミの居場所みたいに。
壁の反対側には、丸ごと世界があって、何もかもひどい有様だった。どんどん下へ向かっておりていった。すごく深いところまでおりて、そこには、蒸気と暗闇しか見えなかった。
カチッ、カチッと大きな音が、前へ、後へ、前へ、後へと、鳴っていた。それを座ったまま耳をすませていた。
もうちょっとで眠ってしまうところで、下にある壁の中から、誰かがはい出てきた。
* 小さなべチャベチャする音 *
またカゲの労働者が追ってきたのかと思ったら、ちがった。こっちを見上げてくる顔と目があったの。子どもだった。今度こそ本当に子どもだった。
その子の髪はベタベタした何かでおおわれて、男の子か女の子か分からなかった。それでも私には元気が出てきて、下に向かっておりていった。
* ドサッ!飛び降りた音 *2人でしばらくの間、無言で立ってた。その子の髪からは真っ黒な液体がからみ付いて、煙のように動いてた。
「それってなに……」話しかけようとしたら、その子は私の口に手をかざした。
どうしたんだろうと思ったら、その子は壁を指差して、私もようやく分かった。
そこには、さらに別の部屋につながる割れ目があったんだ。
* 金属の音が小さく鳴り響いている *ひどい作業場だった。あちこちに、作りかけのものたち。木製や金属製の、色々な種類のスクラップやクランクでできていた。
その形を見て、胸をしめ付けられた。
棚にお面がたくさん並んでて、その表面にはネジとトゲがあって、どれもお面の口にぴったりと収まるように配置されていたの!見慣れたドレスを着た背の高い女がいて、新しい産物に見とれてる様子だった。
ドレスの後ろのすそが尾を引いて、そこから長くて重い鎖が何本も連なっていた。
その女は楽しそうにうなっていた。きっと何時間も前からそこにいるのだろう。
* 女性の声で「ふふ~ん」と言うのが聞こえる。鎖の音も混じる。 *
その圧倒的存在感から、この人は壁の向こうの世界にある、石の巨人の番人なんだって、感じとった。女がスクラップの山へとふり返った時、顔が見えた。老けているようにもみえるし、若いようにも見える。皮ふは後に向かって強くはりつめて、人間らしく見える部分は目だけだった。
この人が何を作っているのか、すごく知りたかったし、思わず叫びそうになった。私が行動に起こす前に、友達が私を引っぱって、上のほうを指差した。
板の間から、私たちを観察するカゲがあった。
* BGM:カタカタいいう不安な音楽が始まる *
その子が私の腕を引っ張ったけど、おそかった。カゲの作業員は私のすぐ横におりて、レンチを持った手を伸ばして、私の体をまるで工具を扱うように調べていた。
それでも、その子は私を強く押しのけて、同時に作業場から、銀色の光を一筋放って、カゲに当てた。カゲは目にもとまらぬ速さで、暗闇にかくれたんだ。とても必死に。
……。オットー:
ヌーン、どうして止まっちったの?ヌーン:
考えてるの。ここから先、表現するのが難しくて。
* BGM:反響音が続いている、徐々に大きくなる *
悪夢が……一変したの。
私達は蒸気に囲まれてた。歯車の底にある、壁に囲まれた場所にたどり着いた。
目の前には、長い振り子がゆっくりと、こっちから向こうへと、ゆれていた。
友達は1回で振り子につかまった。私はつかまるタイミングをのがして、待った。
* 左右に巨大なものが風を切る音が続く *
1……2……
3回目の往復で、ようやく勇気が出て、友達と同じように振り子につかまった。
2人で振り子を登った。右に左にゆれるせいで、頭がクラクラしてきた。
もうちょっとだと頭の中でくり返してると、友達が私の手を取って、引っぱり上げてくれた。
* 引っ張り上げる子どもの掛け声 *
登りきった。ついに、時計の中心に着いた。
* BGM:小刻みにカチカチいう音 *
部屋にはらせん階段があって、小さな金属のハリでできた機械がはげしく音をきざんでいた。 天井には白い時計の文字盤があった……けど、数字は全部デタラメだった。
* BGM:広い空間に出たときの音楽 *2人で急いで階段のてっぺんまでかけ上がって、中庭に出た。そこで聞こえてきたのは、悲痛な叫び声、金切り声。
* 男女様々の叫び声が聞こえ続ける。「あああぁぁぁぁ!」「ぎゃぁぁぁぁ!」 *
思わず体がふるえ始めた。私には、さっきまで中にいた円形の建物の壁を見上げることで精一杯だった。
確かな建物だった。
2番目にのぞいた部屋と同じようなのが無数にあって、上に向かって一面に、閉じ込められた人たちが鉄格子の間から手足をのばしていた。
私まで、そんな1人になった気分になって、胸がドキドキしてきた。自由を求める、囚人の気分。
「待って、お願い!」と叫んだ。でも友達は、先に中庭の向こう側まで進んでいってた。
その時、ジャラジャラと音がした。背の高い女が上のほうから飛びおりてきて、どすどす足音を鳴らして友達の後を追っていった。
女のドレスの下から鎖がヘビのように飛び出した。その鎖が友達の足をとらえた。女はその子を雪の中に引っぱって、けったり叫んだり。
* 叫び声に交じって、こどもの「ううっ!」という声 *その子が恐怖のあまり泣きながらこっちに助けを求めたので、女が私に気づいた。女はゆっくりと私の方に歩き始めた。私は恐怖で足が固まった。どんどん近づいてくる……。
その時私の頭にあったのは、誰が私をここに連れてきたのか、なぜ私はこんな秘密を知らされたのか、それだけだった。その女は肌を引きつらせて、裂けるように口を空けた。中には黒い歯が。何かに飢えていた。私の中に満ちている何かを求めて。* BGMがぴたりと止む *そこで目が覚めた。オットー:
それは……ひどい夢だったね、ヌーン。ごめんね。その女は本当に、不安にさせてくるね。ヌーン:
うん。でも一番怖かったのはあの女じゃない。目が覚めた今ならそんなに。それよりも怖かったのは、カゲの労働者の方。オットー:
ふむ。心が無かったから?ヌーン:
いや。かくされていたから。誰も、労働者の存在を知らなかった。
時々感じていることなの。奇水病になってから。
私を作っているはずのものが、私を殺そうとする。植木鉢の中にひそむ虫みたいに!あぁっ、今、そいつらが頭の中にいる感じがしてる!オットー:
ヌーン!よく聞いて。
君を助けるために、出来る限りなんでもやるからね。
君の中に悪いものは無い。何も、ない。ヌーン:
……うん……もう大丈夫……。オットー:
ヌーン、最後に一つだけ質問がある。これで今日は終わりにしよう。
相互夢というものを聞いたことがあるかい?ヌーン:
相互夢?オットー:
夢の経験を別の人と共有することだ。ヌーン:
どうやって私の頭の中に在るものを他の人に共有するの?それに、誰に対して?オットー:
長年、僕の同僚たちを悩ませてきた疑問なんだ。
夢を見ているときの温度や匂いの知覚は、トランスパーソナル、つまり個人の範囲を超える現象の指標であると考えられる。
相互夢が存在するか確証は無いけれど、君に起こっているような事例を研究したいと前から思ってたんだ。
残念なことに、その才能を見せてくれたのは、数年前に一人きりだけだった。ヌーン:
誰?私みたいな感じだったの?オットー:
僕の……最愛の人、シィシィ。
それも完全じゃなかった。
何にしても、希望は絶たれて、いろんなものを見失っていた。
でも、君のお陰で、僕が忘れかけていたものが刺激されたんだ。ヌーン:
あぁ!分かった。今、見える、オットー!オットー:
そうだ。僕たち2人で頑張ろう。ヌーン:
ちがう、その話じゃなくて、絵のほう。オットー:
あぁ……。ヌーン:
これは星図で、周りに二つの円が見える。オットー:
いいね、あってる。アストロラーベというんだ。ヌーン:
アストロラーベ?オットー:
古代の道具だ。時間や空間の位置を特定するために使われたんだ。
さて、君は疲れているだろう。ヌーン:
部屋に行きたくない。眠りたくない。
え、えーと。
……いっしょに部屋まで行ってくれる?オットー:
もちろん。それに、寝る前のお菓子も忘れずにね。
ほら、ヌーン。お1つどうぞ。可愛い君に、甘~いお菓子を。* カセットのスイッチを押す音 *
~ 終 ~
訳注昨日の夕方、とある患者と初めてセッションを行った。
「セッション」とは、カウンセリングにおける話し合いのこと。
ジュースが効くって話は聞いたことないなぁ。とりあえず、はいどうぞ。
* ノイズとともに、3秒ほど完全な無音 *
ヌーン:
(ずずー……)ヌーンがジュースを飲む直前、音が意図的に切られているように見える。
単にジュースを飲む時間を早回ししただけ?それとも別の意図が?
ヌーン:
小さな虫が、土の下のあちこちに……。
オットー:
アブラムシかな。それは可哀想に。
アブラムシは地中におらんやろって思ったので、他の言語も調べたけど、アブラムシで確定です。
君が見てるその絵は、僕が描いたんだよ。子どもの頃に。「ザヒアの視線」ってタイトルだ。
公式YouTubeのチャプターによると、ザヒアの綴りは「Zahir」。
別の通路が見えた。そのスミの方は暗闇の中でドキドキ動いているようだった。急に下からカチャカチャ音が聞こえてきた。巨人の中で迷子になったんだと、さっきから感じている感覚で分かった。巨人は石でできていて、出口にたどり着くにはその血管をひたすら進み続けなきゃいけなかった。
巨大な何か建造物の比喩表現として「巨人/giant」と語っているパターン、本当に生きた巨人のパターン、どちらでも解釈可能です。
ひどい作業場だった。あちこちに、作りかけの、製造物。木製や金属製の、色々な種類のスクラップやクランクでできていた。
クランクとは、回転する部品と棒を組み合わせたカラクリ。
棚にお面がたくさん飾られてて、その表面にはネジとトゲがあって、どれもお面の口にぴったりと収まるように配置されていたの!
ここの”a mouth(1つの口)”がどうやっても上手く翻訳できなかったのでChatGPDに聞いたら、恐らく文法ミスで正しくは”mouths(複数の口)”だと指摘されたので、そういうことにしときます。
その女は肌を引きつらせて、裂けるように口を空けた。中には黒い歯が。何かに飢えていた。私の中に満ちている何かを求めて。
"hungry for" =~を渇望する。hungry? シックスみたいだな……?
Chapter 2: A Penance at the Bathhouse 浴場の苦行音声はここをクリック→公式英語音声
* カセットのスイッチを押す音 *オットー:
4回目のセッションでは、ヌーンの語る話に進展があり、過去の失敗の影響が明らかになった。
少女が語ったのは、僕にも覚えのある人物だった。* カセットのスイッチを押す音 *ヌーン:
キャンドルマンは、すぐ正面の屋根の上に立っていた。すその長い、汚れたジャケットを羽織っていた。
その存在感は、潮が引いたみたいな感じだった。* カセットのスイッチを押す音 *オットー:
不思議なデジャ・ブだ。
シィシィが出会ったフェリーマン(渡し守)に、ヌーンも会ったようだ。
* 「フェリーマン」の言葉にノイズが入る *ヤツのことは永遠に見つからないと思っていたのに。
しかしもしそれが本当なら、ヤツはどういうわけか出発点に戻る方法を見つけたということだ。それにしてもあの男は何者だろう?
狂った大悪党か?相互夢の奴隷か?無邪気な悪夢の侵入者か?
わけが分からない。
確実にいえることは、もっと、深く掘り下げねばいけないということだ。* カセットを巻き戻す音 *
ナレーション:
リトルナイトメア オーディオフィクションシリーズ。
第二章。浴場の苦行。
* カセットの巻き戻りが止まり、スイッチを押す音 *オットー:
カウンセラーです。
テープ番号57、セッション番号4。患者番ご……。患者名、ヌーン。
出すぎた考えかもしれない。
しかし異常な神経論理的能力の実証のために、他のケースより、ヌーンの治療を優先することが最も重要であると感じている。
この患者の症例をより明らかにするため、型破りな方法に挑戦する予定だ。
* 機械が起動、ピコピコする音 *
この装置は更なる分析に役立つはずだ。* テープに無音が入る ** 紙をめくる音 ** ノックの音 *どうぞ、入って!
今日はどんな調子かな、ヌーン。* 右でドアの開く音、足音が右から中央へ移動する *
ヌーン:
オットー、「石」が最大の恐怖に打ち勝ったらどうなる?オットー:
……?それはジョークを言ってる?ヌーン:
うん、どんなオチかは分からないけど。オットー:
そのジョークは、ヌーン:
(オットーの声を遮る)あぁ!そこ見て!ガだ!オットー:
んん?……前、みんなで旅行に出かけたの。お医者さんのアドバイスで。
毎晩、ガがバルコニーに群がってた。
その、小さなガたちのあり方に、あこがれたんだ。
ママの持ってたプラスチックのビンにガを集めてたの。オットー:
ふむ。
この機会にお母さんのことを聞かせてくれるのもいいね。ヌーン:
それは、あんまり気が進まない。
だってママ、虫が好きな私の気持ち、分かってくれないんだもん。
ガは私のお気に入りだった。
なにか魔法で引き寄せられるように、光の下に集まってくるから。オットー:
君は蛾の在り方に、少し自分を重ねてるんだね。
はかない存在で、光に捕まってしまう。
君の治療が終わったら、ヌーン:
(オットーの声を遮る)私はまだ治ってない!
……ちっとも、治ってないよ。オットー:
君はまだ暗闇の中にいると感じているんだね。ヌーン:
うん。でも、光に向かって飛んでいってみたいな。オットー:
よし、僕がそこへ導く光となろう。
最後には君にとりつく暗闇を置き去りにするんだ。ヌーン:
その言い方……前に行った場所を思い出したよ。オットー:
旅先のこと?ヌーン:
いや、昨日の夜、夢の中のこと。オットー:
夢語りに飛び込む前に、リラックスした状態になっているかな?ヌーン:
大丈夫、ちょうどいい感じ。むしろ落ち着いてる。
話して良い?オットー:
良ければ、ぜひ話……ヌーン:
(オットーが話し終わる前に語り出す。)
屋上の湿った空気の中、目が覚めた。
屋根のフチをのぞくと、見わたす限り海で、水平線がのびているのが見えた。
一番近くに見える岸辺の波の中から、巨大な魚みたいな形のカラクリ仕掛けが現れた。
* 遠方にさざ波の音 *
その仕掛けの中から、ぽっちゃりした体型の人たちが現れた。
みんな木の仮面で顔をかくして、泥だらけの茶色いローブを体にまとっていた。
それで砂浜から市場に通じる、ランタンに照らされた長く曲がりくねった道を進んでいく。杖をついて歩いてる人もいた。
* 足音のような反響音 *
目的地は私の後ろ、遠くに見えてる、ゆがんだ形の浴場だった。「ねぇ」と、ささやき声が聞こえた。
ふり向くと、うす汚れた男の子が息を切らしながらはしごを下りてきたところだった。
その子はぼろぼろのショートパンツとシャツを着てて、ピンバッジをたくさんつけてた。
「キミ、ここから抜け出す方法を知ってる?」って聞いてきた。
私も同じように迷っているよって応えると、じゃあいっしょに抜け出そうと言い張ってきた。
その子の話によると、ジョークのネタが絶えないから、他の子ども達は彼のことをジェスター(道化師)と呼んでるんだって。
道すがらもジョークを聞かせてあげるよってその子は言った。
でも私はだまってた。
そしたら勝手に話し始めた。「ある男が、友達にこう言ったんだ。自分に完璧にマッチする相手を探すなんてやめたまえ。」
でも、そこで語りが止った。
この世界に来たことで、自分の中の一部が欠ててしまったことを、ジェスターは自覚したようだった。
私だって同じだったから。
私の場合はね、頭痛が消えてたんだ。
ジェスターは話の続きを大声で言い始めた。「あ!男は友達にこういったよ、代わりにライターを使えー!ってね」* BGMが消えていく *
オットー:
つまりその少年が、君のジョークのキッカケだったわけだ。
前に話した悪夢でも子どもが出てきたけど、こっちの少年は普通っぽく聞こえるね。ヌーン:
あの男の子は学校にいた子たちに似てたよ。ただ、もっと優しかった。
学校の子たちは私をからってきたから。私が奇水病で体調が悪くなるまで。
古びたボロボロの門をくぐるとき、いつ同じ子達がひどい目にあわせてきた。
それが奇水病と知ったとたん、優しいそぶりを始めたんだ。
でも私、いつもと変わらないようにしてた。
あれ、おかしいな。
前よりも自分が自分らしくなくなっちゃった気がする。オットー:
子どもってのは時に残酷だからね。
僕も思春期の頃には、それなりに拷問みたいな経験をしたもんだ。ヌーン:
そうなの?オットー:
残念ながら、よくあることなんだ。
さて、次に何が起こったか聞かせてくれるかい?ヌーン:
ジェスターは私の腕を引っ張って指をさした。「見て!」
その先には、長い木の板があった。木の板は長くつなぎ合わさって、屋根から屋根へわたる橋になってた。
* BGM: 不穏な雰囲気の音楽が始まる *前に他の子ども達もここを通ったんだ。オットー:
他の子ども達……。ヌーン:
手作りの通り道。下にいる太った大人たちには乗れそうも無い、細い道だった。だから、他にも子どもがいたようだよ。
あぁ、それにジェスターは、本当にそこにいるって感じがした。
あの子の存在を感じたんだ。
ちょうど、今私の前にオットーがいるのと同じ感覚。
* メモを書く音 *
……。
これってもしかして、前に話していた「相互夢」なのかな?オットー:
まだ、早とちりだ。
続けてくれるかい。木の板の通り道だったね。ヌーン:
私達は足元に気をつけながら歩ていった。建物から建物へ。
* ゆっくりした足音が続く *
その下では大勢の大人たちが、とめどなく歩き続けていた。
時々、お店の列に並んで、いろんな種類の石けんや香水を、大勢いる商人から受け取ってる人もいた。
そこからただよう花の香りは、浴場のえんとつが吐き出す生臭い悪臭とまざっていた。一番向こうの建物にまでたどり着くと、えらべる道はただ一つ。
長いはしごを伝って下りて、見つからないよう建物の前を通って、せまい通路へと進む。その道しかないようだった。
ジェスターは不安で弱気になってしまったので、元気付けるために、「なんかジョーク言ってくれない?」って話しかけた。
そしたらジェスターは言った。
「あぁ、わかった。石が最大の恐怖に打ち勝ったらどうなる?」
そして、また。
何かを忘れてしまった表情をしたんだ。
昔、ボケたおばあちゃんも同じ顔してた。
その先、覚えてないの?
って聞いてみたら、そしたらジェスターは、「一番底にたどり着いたら思い出せるよ。」ってそっけなく言った。ジェスターについていこうとしたその時、屋根から叫ぶ声が聞こえた。くぐもった声だった。* 低いうなり声が聞こえる *そして……その男を見た。ありえない顔面をした男を。
ガラスビンの部屋から感じたのと同じだった。
でも、うまく集中できない。* BGMが止まる *オットー:
ヌーン、君には、細かく語ってもらう必要があるんだよ、ヌーン:
今話した。オットー:
特に、何度も見た人のことについてはね。
再会には、何か意味があるんだ。ヌーン:
こわれた鏡とか破れた写真に映った人……。そんな印象だったよ。
元にもどすなんて、できっこないよ……。オットー:
いい道具がある。君の壊れた心をくっつける魔法の接着剤だ。* 右へ歩いていく足音。機械のスイッチを入れ、ピコピコした音がする *ヌーン:
私、そんなの付けたくない。* 右から中央へ、機械音と足音が近づいてくる *
オットー:
ダメだ。その点を詳しく語ってくれなけりゃ、君を治療することが出来ない。
僕はその不思議な人物について知る必要がある。
単純に、これは必要なことなのさ。* ノイズ、不自然な無音 *ヌーン:
わ、分かった。* 機械からピコピコ不思議な音がなり続ける ** BGM: ガサガサ音に続き、こもった不穏な音が始まる *ヌーン:
……ペンダント?オットー:
これは、とある重要な人の持ち物だった。
この螺旋状の形を見つめていると、心が落ち着くんだ。
僕の患者さん達にも、催眠療法として同じように助けになるってことにも気づいた。
君が思い出す為にも、きっと役に立つよ、そのー……ヌーン:
……キャンドルマン(ろうそく男)。私はその男を、そう呼ぶことにしてる……。オットー:
螺旋をじっと見つめるんだ。
揺れる間も、目で追って。
前へ、後へ、前へ、後へ……。
回り続ける、その中で、様々な模様に変わってゆく。
君は漂い、夢の中へ、戻っていく。
夢の中で漂い……、だんだん……、鮮明になっていく……。ヌーン:
……はい。見えます。オットー:
では……キャンドルマンについて……語ってくれるかな……。ヌーン:
キャンドルマンは、すぐ正面の屋根の上に立っていた。
* 低い呼吸音が、とてもゆっくりと聞こえ始める *
すその長い、汚れたジャケットを羽織っていた。
その存在感は、潮が引いたみたいな感じだった。
顔は、帽子の下で、スープのように動いていた……。
とぎれとぎれ、浮いたり沈んだり……。
いや待って……
今ならもうちょっと良く見える。
目は、細くて切れ長……。肌は、たれ下がってる……とけた油みたいに……。
一言も話さなかったけど、なぜか分かったんだ。
私がここで自分を解放することを、あの男は望んでいるんだ。
そう。
あの男は、ずっとそうだった。毎晩。
(オットーの小さな声:毎晩。)
あ……今なら、全部見える。
クモの巣だ。
男は……ずっと私といっしょにいるんだ。
見つめてる……。
観察している……。
待っている……。
(オットーの小さな声:男は何を望んでる?)
分からない。
……。
* 誰かの声、わぁ!いやぁぁ! *誰かが叫んでる!
私はふり返った。
(オットーの小さな声:キャンドルマンの話を続けるんだ)
イヤだ!
ふり返ったら、キャンドルマンはいなくなっていた。
私は、はしごに向かって走った。
* 息を切らして走る音 *
はしごのふもとには、ひどいイボだらけの腕をしたカイブツが立ってた。
* 不快なしゃべり声 *
どうも遊歩道から外れてやってきたようで、片手には魚みたいにバタバタ動いているものがぶら下がっていた。
ソレが浴槽に向かっていくと、ついていけと声が聞こえた気がした。
* はしごを下りる音 *
はしごを下りながら、お店の窓を通り過ぎる時、会話が聞こえてきた。店員のキンキンした声。「いかがなさいますか?」
客の絶望的なうめき声。「ヒビだらけの肌を、綺麗にしたい」
店員がピンク色の液体の入ったボトルを手にとった。「これがあればお悩みは解決しますよ」
* ヌーンの声に会わせて、男(店員&客)がゆっくり会話する声が聞こえる ** はしごの音、はっ!と飛び降りる音 *
はしごの一番下にたどりついた。ジェスターの姿は見当たらなかったので、私は一人、浴場の建物の周りに生いしげった雑草の中をかき分けて進み、くもった窓に向かってのびるツタたどりついた。
* 客のざわめきが聞こえる中で、ヌーンがツタを登りきる。窓を開ける、床に着地する音 *ここは店の物置部屋みたいだ。* 雫の落ちる音 *棚には、洗剤やブラシ、バケツが並んでた。
漂白剤のただよう空気に目が痛くなってきたので、ドアのほうに走っていった。* 重いドアを開けるような音 *浅いプールのある部屋だった。
汚染された空気のにおいは、私の住んでたマンションの近くのものと同じだった。* メモを書く音 *
(オットーの声:奇水病虫への偏執……)病気が治っても、中で生き続けてる。
皮ふをつまんでくる!内臓を引っ張ってる!
頭が、ひび割れた道路みたいになってる!
頭!
頭が、かゆい、すごくかゆい!あぁぁあ!オットー:
もう十分だ、掻かないで。* BGM: こもった不穏な音が消える ** ブツリ!機械のピコピコ音が下がっていく *ヌーン。よく聞いて。
君には、何もついちゃいない。君の内側にも、何も無い。
ここには、僕と、君だけ。他には、何も無い。* 耳の左右で指を鳴らす音に、ヌーンがハッ息を呑む *大丈夫。大丈夫だ。
約束どおり、君は無事に戻ってきた。ヌーン:
それ、ちゃんと使えた?
ちゃんと、接着剤はくっついてたの?オットー:
収穫はあったよ。ただ、欠けたピースは残っているけど。
それに、頭痛の症状が継続して表れるから心配だ。
考えられる原因を調べて、出来るだけ対処したい。
とりあえず今は……浴場かな?
その建物に入ったところだったね。ヌーン:
うん。
湯気がいっぱいで、何も見えなくて……
見えるのは、形だけだった。入浴客たちのカゲや形。
ローブもマスクもつけてない姿だった。泡立ててる姿、湯船につかってる姿、サウナに入る姿。
* 人々がゆっくり動く気配の音 *一番大きい姿のヤツは、生きている何かを体にこすり付けていた。
* BGM: 不穏な音楽。子どもの声でうぅ!うー!と悲鳴が聞こえ始める、低い大人の声も聞こえる *
湯気の中、こっそり動いてバケツの後にかくれた。* 大人の声で念仏のようにつぶやく声が続く *
目の前には一番大きいヤツ。かろうじで人と分かる形だった。
生々しく褐色で、何度も何度も、「神聖からケガれを落とせ……」と早口でくり返していた。やっと分かった。
こすり付けられているのは、ジェスターだった。
散々な扱いで泣きじゃくってる。私は恐怖のあまり足がすくんで、ヌルヌルしたタイルをふんで転んでしまった。
* キュッ!カンカラカン… *
そのとたん、周りが静かになった。
* BGM: 大人やジェスターの声が止む。不穏な音楽は続く *みんなこっちを向いた。「その子を 清めよ、その子を 清めよ……」耳に残る詠唱がはじまった。
* 大人たちの囁き声が徐々に増えていく *入浴者達が声を重ねながら、立ち上がって、ヨロヨロと近づいてきた。
どの体も生々しくみがかれている。
ジェスターを助けられない!だからは私は起き上がって、ドアに向かった。
* ヌーンの走る音、ガチャガチャ *
でも、ドアはかたく閉ざされていた。入浴者がどんどん近づいてきて、こっちに腕を伸ばしてきた。壁の小さなすきまに私の手が当たった。
間一髪、その中に全身ですべり込んだ!
* ガタン!ガタガタガタ…… ** 大人たちの詠唱が聞こえなくなる *そこは、物置だった。さっきの場所だ。窓は開いている、あれはたった一つの出口だ。
* ヌーンが掛け声とともに上る音 *ビンや洗剤容器をよけながら、棚を登っていった。* ドン!ギギィィバタン!(ドアが壊される音) *横目でうしろを確認すると、カイブツが立っているのが見えた。
ぐったりしたジェスターを腕に下げて、こわれたドアの枠の上に立っていた。* 怪物の低い吐息が騒音とともに近づいてくる *
イボだらけの手が乱暴に私の足をつかんで、引っ張ってきた。
(ヌーンの悲鳴:あぁ!)私は必死にもがいて、手を伸ばした。
白い液体の入ったビンをつかんだ。カイブツが私を引きさこうとした時……
ビンもいっしょに飛んできた。
* ガシャアアン!!(ガラスが割れる音) *そいつは頭からつま先まで、全身真っ白になった。* カイブツの低い断末魔に、ビチャビチャ、シューーーーという音 *その液体は燃えてガスをふき出して、辺り一体は暗闇に包まれた。* BGM: 静寂に包まれる音 *私は不思議な満足感を感じた。汚いカイブツを溶かしてやっつけたから。
私は……光に集まるガとは、ちがったんだ。
……だって、暗闇に包まれて、幸せを感じてるんだもの。
その後、私はここにもどってきたんだ。コピーの世界へと。* BGMが消える *オットー:
ふーむ。
今回はもっと強烈に、君個人に根づいている、綺麗になりたいって願望が出ているね。
きっと、侵襲的な経験に固められた不安な記憶を洗い流したいんだろう。それにしても、君のいう現実性に関する話はなかなか興味深かったよ。
誰か人や環境が、物質的に存在すると主張しているよね。ヌーン:
でも、「相互夢」の話をしてたよね?オットー:
まぁ、それとこれとは、別の現象だよ。もっと研究方針を処方を定めないと。
鑑別診断のために、毎晩、検査や観察をする必要があるな。ヌーン:
実験?そんな必要あるの、オットー?オットー:
やることで、君の体調はもっと良くなる。君だって早く治りたいだろう?ヌーン:
ええと……。はい……。
ママに「おやすみ」って言われたあの夜が一番恋しいよ。* メモを書く音 *オットー:
石は、少し大胆になる。ヌーン:
なんて?オットー:
ジェスターの言ってたジョークの答えだよ。古いジョークだ。ヌーン:
(小さな声で復唱)石は、少しダイタンに……?
うふふっ。オットー:
さぁ、ベッドに飛び乗る前に。
いい子にしてた君には、今夜も色とりどりのお菓子から、どれか1つ選んでね。
* 瓶のふたがあき、ガサガサあさる音 *可愛い君に、甘~いお菓子を。* カセットのスイッチを押す音 *
~終~
訳注その後、私はここに戻ってきたんだ。コピーの世界へと。 back here in the copy、このcopyは、実際に見た悪夢を語ったのでコピーという言葉を使っているっぽい。
<ダジャレ解説1>
原文:
a man tells his friend to stop looking for the perfect match.
He tells him to use a lighter.
マッチするお相手がいないなら、ライターを使えばいい。マッチを、男女の相性の意味と、火をともすマッチにかけている。 <ダジャレ解説2>
原文:
What happened to a stone that has overcome its greatest fear?
The stone becomes a little bolder.
石が最大の恐怖を克服したら?大胆になる。
大胆になる=bolder、でかい石・岩=boulder。大胆と石をかけたダジャレ。
発想力があったら、日本語でも近い言葉に置き換えて、ダジャレにできそうな感じがします。
違和感のないいい翻訳があったらこっそり教えてください。(追記)公式翻訳では「石は少し意思が固くなる」というダジャレでした。
(1/5追記)2章の最後の会話を修正しました。
「どうしても」って、ママがよく言ってた言葉。あの夜が一番なつかしいよ。
↓
ママに「おやすみ」って言われたあの夜が一番恋しいよ。
文字起こしミスで全然違う単語に聞き取ってました・・・ゴメンナサイ!
Chapter 3: The Theater of the Mind 心の劇場音声はここをクリック→公式英語音声
* カセットのスイッチを押す音 *オットー:
昨夜、ヌーンが消えた。
……ことはヌーンの睡眠中、ウルトラディアン睡眠サイクルを監視していた時だ。
レム・ノンレム振動はなし。代わりに不随意の痙攣が徐々に悪化した。
ヌーンの目を覚まさせようとした瞬間、その体が……消えていった。
ほんの一瞬だけ。
その後、何事も無かったかのように、静かに元に戻った。睡眠不足のせいで、幻覚でも見たのだろうか。
それでも、萎んだベッドのシーツが脳裏に焼きついている。
はぁ……。
しかもだ、昨日のセッションで、あの子はこんな言葉を聞いたと言い張ってた。* カセットのスイッチを押す音 *ヌーン:
遠いところが、どんどん近づいてくる。
長く進み、深くしずむ。1つから2つが流れ、そしてここで、再び完全になる。* カセットのスイッチを押す音 *オットー:
偶然か……それとも、シンクロしているのか……?
はあぁ、またあの血まみれの蛾か?!* バサッ、ガチン!何かが落ちる音 *謎が謎を呼び、いつまでも答えは掴めない。* カセットを巻き戻す音 *場合によっちゃ、一言一句、精査しなきゃな。
ナレーション:
リトルナイトメアの世界からのオーディオフィクションシリーズ。
第3章 心の劇場。
* カセットのスイッチの巻き戻りが止まる音 *
* カセットのスイッチを押す音 ** ブーン…機械の音、ビンのフタをまわす音、ひっきりなしにガサゴソしている音が続く *オットー:
ヌーンの症状が睡眠時随伴症を超えていることは明らかだ。
あまりにも細部まで語られる再現話。語彙力も子どものものとは思えない、まるで夢そのものから派生したかのようだ。* 機械の音が鳴り続ける *しかし信じられないのは……ヌーンも見たんだ、君が見たのと同じのをね、シィシィ……。もし縁もゆかりも無い2人の人間が、完全に同じ報告をしてきた場合、それは「超越的な夢」の証拠になりえるのだろうか。
ただ、同じ内容ではあっても、2人の夢は何年もかけ離れて発生している。
そうなると……いや!
心理的僻地に戻るわけにはいかない。
昔の教授に僕も似てきたな。
これまで長らく、何年も前に起こったあの記憶は間違いだったと、そう自分に言い聞かせてフタをした。
だけど今、その古い記憶が漏れ出してくる。* 機械のレバー式スイッチをカチカチ鳴らすような音 *CPIで働き始める前に、この装置を完成させると約束したんだ。
あれこれ頑張ったが、結局、この開発はバカげていると結論付けて中止した。
今は彼女の立場になってみることに苦労するよ……
うん、二度は騙された。
うわっ!
* バチバチ!!ショートするような音 *
あぁ……。* 左からドアの開く音 *はっ?!
ヌーンか、外で待ってるよう言っただろう。ヌーン:
何やってるの* カセットを早回しする音 *
* カセットのスイッチを押す音 ** ここからしばらく、右からオットー、左寄り中央からヌーンの声が聞こえる *オットー:
ここ数週間で、僕たちはお互いのことをよく分かるようになったねぇ。ヌーン:
だって私たち友達でしょ!友達だからこそ、お互いに何やってるか、お話するんだよ。オットー:
友達ね。確かにその通りだ。
1つ絶対的なことに気付いたんだよ。一緒にいる時間が長ければ長いほど、秘密を隠すことは難しいってことにね。
例外は、自分自身に対してだけだ。
僕らは意図的に、自分が見たくないものを隠す傾向にある。
例えば、催眠術にかかった君が話すときのキャンドルマンとかね。ヌーン:
そんなのイヤ。オットー:
何が?ヌーン:
自分自身にかくし事をすること。オットー:
それは誰でもそうさ。
だからこそ、内なる自分の一面を明かすことが重要なんだ。僕らはそれを深度分析と呼ぶ。
そんなわけで今日のセッションは、無意識のキミ自信との対話だと思ってくれたらいいよ。
質問をするのは僕ではなく、キミ自身だ。ヌーン:
自分に質問をするの?オットー:
僕も手伝うよ、でもまずは君からトライだ。では手始めに、キャンドルマンから。
また夢に出てきたかい?ヌーン:
うん、いたよ。オットー:
今度はどんな出会いだった?ヌーン:
前よりももっとハッキリしてた。それだけじゃない、周りの景色も、何もかも。悪夢すべてが。オットー:
詳しく教えてくれ。もっとひどい悪夢だったのか?もっと鮮明だったのか?ヌーン:
なんて言ったらいいかな?
うーん……まるで、自分が主役になった映画を見ているような?
それで目が覚めたとき、それはここ、コピーで、こっちの方が夢みたいだった。オットー:
ふむ。もっとよく教えてくれ、特にキャンドルマンを、ヌーン:
その時の状況も話さないと、ムリだよ。
それにさ、私自身にインタビューするんだったら、自分の好きなところから始めていいでしょ?オットー:
もちろんだ。想像力を広げて。
あと、夢に干渉することを恐ないように。
これは重要なステップなんだ、この対話は。君の中でバラバラに散ったものを連れてこよう。ヌーン:
……そのかがみ。オットー:
なんて言った?ヌーン:
向こうの棚にある鏡。もし私が、私と話すんだったら、その……オットー:
ふむ。患者には鏡を見せないようにしているんだが、どうぞ。可愛い君なら問題ないだろう。
* 鏡を手渡す音 *
では、好きなタイミングで始めてくれ。ヌーン:
暗闇の中……。* BGM: 広い空間的音楽 *誰かが私の手を放す気配があった。
* シャッ!という音 *目を開けると、熱いコンクリートの上に寝かされていた。見上げる空に太陽は無かった。
そして……目の前には黄色い絵の具みたいな地平線を境目にして、果てしない灰色の大地が、どこまでもいっぱいに広がってた。立ち上がってみると、駐車場にいるみたいだった。あまりにも静かだった。
静かすぎて、太鼓のように音をきざむ、私の心臓の音だけが引き立って聞こえた。ずっと孤独。どうしようもなく、ひとりぼっち。たえられないくらいに。
後ろも見ないといけない。
* ジャリ、ジャリ…… *私の後には、建物。思わずほっとした。
とっても大きなショッピングモール。普段見かけるものが半分ほど小さく感じるほどだった。入り口のドアが開いたのを見て、私は走っていった。* 駆け足の音、徐々に反響していく ** バチン!バチン!電気の音 *モールの中の通路に入ると、中の明かりが順番に点っていった。
店内のスピーカーも、元気のいい音楽を流して、私を出むかえてくれた。
* BGM: 楽し気な音、神秘的な音が鳴り始める *大きなモールに来るなんて本っ当に久しぶりだったから、どこから周ろうか、なやんだんだ。オットー:
逃げ道を確認しようとは思わなかったのかい?
* BGMがフェードアウトする *ヌーン:
何となく見守られている気分で安心だったよ。とはいっても、ほとんどのお店は閉まってたけどね。
ドアもないし、窓の中には展示品も無かった。もしかしたら店員用の入り口があったのかも、だってガラスの向こうに人のカゲが見えたんだもの。* BGM: 空間的な音楽 *
そんな感じで、いくつかお店の前を通って、ガッカリしてた。
すると近くのスピーカーから、カウボーイ風の声が聞こえてきたんだ。* 陽気な男性の声、後にヌーンが同じセリフを言う *
スピーカー(の真似をするヌーンの声):
ジュジュビーのおもちゃ屋さんでセール開催中ーっ!
お人形、ゲーム、パズル、他にも色々!当店は噴水の近くだ!
* BGM: 最初の楽し気な音楽、神秘的な音楽が始まる *ヌーン:ちょうど目の前に噴水!そして向こうには……緑色に輝くお店の入り口があった。入り口からはシャボン玉が吹き出てた。* 無数のオモチャが鳴らす騒がしい音たち *お店に入ると、不思議な棚がずーっと並んでいた。店の入り口に近い棚のオモチャは、とても古かった。先の棚にあるのは、私も家にもあるやつだった。
もう一つ先の棚は、私が欲しかったおもちゃが並んでた。
あの「ロッティといっしょにおトイレ」のお人形もあったんだよ。
* オモチャの赤ちゃんの声で「えっえっえっ、うえーん」とループ *
けど、ここのロッティは黒い目だった。ほんとは青い目だったのに……それに肌の色も、秋の木の葉みたいに黄色かった。お店の人がいなかったので、私はロッティを1つとって、カーペットの上でお人形遊びを始めた。
* オモチャの赤ちゃんが他のパターンを披露「ママ、チャプチャプ!」 *そんなにしない内に、あきてきた。お人形遊びを楽しめるはもっと小さい子よね、なんて思ったのはそれが初めてだった。オットー:
思春期に近づくにつれ成熟していくのは自然なことだ。脳は、かつて大切と感じていたものに対し、興味を失う。ヌーン:
大人になるって考えると悲しくなった。
それに反応したかのように、ロッティの服がぬれてたの。
商品の名前の通りのことをしてるようだけど、ぬれた水は黒ずんでベタベタしていた。
ロッティを置いて、他に探そうとした。
でも他のオモチャはすごくたくさんあって選べなかった。
棚は高ーく何段にも積み重なって、ほの暗いお店の奥も、信じられないほど長い。* BGM: オモチャ赤ちゃんの声、汽車の音などに交じって、神秘的な音が続く *ゲームエリアに入ってみた。ほとんどは2人で遊ぶものばかりだった。
急に、電子音に混じったようなささやき声が聞こえた。「一緒に遊んであげる」。
* 男性の声でも同じセリフが聞こえる *どこかに店員さんがいるのかなって見わたしたけど、誰もいなかった。宝石作りキットが目にとまった。箱の表に赤いネックレスが描かれてる。
箱を持って、ロッティを置いた場所に帰ったら、なぜかロッティがいなくなってた。
棚を見ると、他のお人形もみんな消えて、空っぽになってた。
私は宝石作りをやりたかった。ほんと、やりたかったんだよ。でも……
なんか変な予感がしたから箱を置いたんだ。そして、スピーカーの音が流れた。今度は女の人の声だった。* 事務的な女性の声、後にヌーンが同じセリフを言う *
アナウンス(のヌーン):
ジュジュビーのおもちゃ屋さんはまもなく閉店します。ヌーン:
電気が消えていった、
* バチン、バチン、電気が消える音 *
シャボン玉も出なくなった。電車のオモチャが衝突して止まるのが見えた後、お店を出た。
* 汽車が衝突して踏み切りの音が鳴り続けている ** おもちゃの音が消え、神秘的な音楽が大きくなる *
通路は相変わらず誰もいなくて静かだった。
私の足音だけをひびかせる、青白い壁や床には、血管みたいな模様がついてた。
次にたどり着いたのは、別のフロアへ行ける階段がそろって3つ並んだ場所だった。1つの階段を選んで、上まで登った。
開いてるお店が見つかった。お店の名前は、マダム・ワゼルのビジュトリエ。オットー:
ビジュトリエ(Bijouterie)、宝石店か。
* BGMが止る *
それにしても、キミはそれが読めたと。
* メモを取る音 *ヌーン:
うん、文字がとても大きかったから。オットー:
今までに夢の中で文字が読めることはあったのか?ヌーン:
分からない。それは私が自分に質問するようなことじゃないよ、オットー。オットー:
ふっ、それは失礼。ヌーン:
お店の真ん中にあるガラスのショーケースに、思わず引き寄せられた。
そこには、金や銀のネックレス。一番真ん中には、とってもみりょく的な赤いペンダントがかかってたんだ。
* BGM:物悲しい静かな音楽 *
聞かれる前に言っちゃうね、うん、それはオモチャ屋さんの箱とまったく同じだったの。
スピーカーの音がまた聞こえてきた。『こちらの商品は、10才以下の小さなお嬢さまへ、無料でプレゼントいたします。』
誰にもたずねずに、早速そのネックレスをつけてみた。赤いナミダみたいで、キラキラ輝いた。お土産をつけたまま店から出ようとしたら、誰かがスピーカーの電源を切り忘れたみたいで、言い争う声が聞こえてきた。
(男性の声)『それはやりすぎだよ』と声がして、
次に別の誰かの声で(男性の声)『もう1つくらい大丈夫』と聞こえた。* 何かが勢いよく、左から右へ滑りこんでくる音 *奥の部屋から、洋服のたくさんかかったラックが転がり出てきた。
どれも完全に私サイズの服だった。
* カチャカチャ、ラックを調べる音 *
長いこと、自分の好きな服を選ぶなんて、できなかったんだよ。テレビの人たちが私に選んでくれたのかもしれない。これとか、とってもかわいい服だった。レースやリボンがついてて。
でも、その……この服は、私がこの病院、コピーに初めて来た時の服と全く同じだった。
どうしてあの服がここに?ヌーン(声を低くして):
『現実の生活が夢に混ざることは、あまり無いはずだ。なぜそんなことが起こった?』オットー:
急にどうした?ヌーン:
ふふっ。自分に質問してみてるの。
えーと、言えるのは、私の頭の中を見られてたってこと。オットー:
それは論理的とは言えないな……ヌーン:
最後まで話させて、お願い。
えっとね。
* BGM:神秘的な音楽が徐々に大きくなる *また店の外の歩道に出たら、店のシャッターが閉まり始めた。
* ダン!ダン!次々とシャッターが閉まる音が反響している *
もうモールが閉っちゃうのかと思ってあせってると、上の階で明るい光がくるくる回ってるのが見えたの。
* ビーン、ビーン *音楽が止んで、音割れした声が歌うようにアナウンスした。
* BGM:明るい男性の声に混じってオルガンの音も聞こえる。神秘的な音楽は消える *『お客様、ショーターイム!今日の活動写真のお時間だ!アツアツにはじけるポップコーンが、座席が、劇場で待ってるYO!』劇場へ続く道を残してモール一体が暗くなり、私はもっとワクワクして光について行った。
* 階段を登っていく足音 *ロビーは、床から天井まで真っ赤だった。
売店にはポップコーンの入ったバケツであふれていた。
* バケツにポップコーンが注がれていくような音 *
私はそれをひとつ取って、巨大な金色のドアを急いで押し開け、劇場へと向かった。* ドアの軋む音、ギギギ… ** BGM:オルガンが楽しげに音楽を奏でている *真っ赤なビロードの座席が何列も並んで、人でいっぱいだった。
スポットライトがステージに当たり、オルガンが照らされていた。でも、オルガンを演奏する人はいなかった。長いカーテンが風でゆれてるだけ。* オルガンが音楽を奏でている音、時々不協和音が混ざる *私は前かがみで通路をおりていって、映像用の白い幕が真ん中に見える場所に座った。
イスは私をだきしめてくれるような感じだった。* ポップコーンを漁ってサクサクと食べる音 *
ポップコーンの最初の1口を食べようとしたとたん、劇場が暗くなった。* オルガンが中途半端に止まり、映写機のフィルムが回る音 *
何の広告も紹介も出ないまま、映像が始まった。
燃え上がる木々と白いひづめで走る映像。
* 炎の音、ヒヒーン!馬の声 *
すぐわかった、何百回は見たから。「いやしのホルン」。ただ、順番が狂っていた。* BGM:上映中の音声に混じり、低い不安な音が大きくなっていく *それにユニコーンの角がマチガイ。くさった木の枝みたいになってた。
悪の王女の顔も、ちがったし。
場ちがいな気がして回りを見回した。
それでやっと気づいた、周りに座ってたのは、人じゃなくて……
マネキンだった。* BGM:小鳥がさえずり、広大な音楽が始まる *
急に、なつかしい香りが夢に混ざってきた。
海……。私はもう1人じゃなかった。
ホコリっぽい映写機の光で分かりにくかったけど、数席向こうにキャンドルマンがいた。
目も口も、しめった麻袋に空いた深く黒い穴みたいになって、床に垂れ下がっていた。ふり向かないまま、話しかけてきた。オットー:
なにっ!なんて言ったんだ?!
* BGMが止る *ヌーン:
あ、はぁ……。水の中から聞こえてくるような声で、垂れた皮ふの内側からかすかに聞こえてきた。
* 低い管楽器のような音、ドクン、ドクンとゆっくりした鼓動の音 *
彼は私にくり返し、こういったの。遠いところが、どんどん近づいてくる。
長く進み、深くしずむ。1つから2つが流れ、そしてここで、再び完全になる。
* 注:ヌーンの話す声が劣化した音声テープを再生するようにプチプチと切れる *オットー:
それで、続きは?ヌーン:
ここだ。
ここだ。ここだ。
* 注:劣化したテープ状態 *ただずっとくり返すだけだった。オットー:
もっとあるだろう!ほら、ほら!夢に干渉してみるんだ。ヌーン:
もうこれ以上無いよ。オットー:
聞いてみるんだよ、お前は誰だ、何を求めてるんだと!ヌーン:
ここでそんなこと聞いても意味無いよ!オットー:
君はその場にいたんだろう?何もできないなんて言うな!そんなわけが無いッ!ヌーン:
やめて!オットー:
キャンドルマンを見た話すら怪しくなってきたな!!!全部作り話じゃないか?!!ヌーン:
おねがい、本当にやめて、頭が!!オットー:
ハッ!!* 何かを蹴飛ばしながら右のほうへ、ドアを開けて、閉める音 *ヌーン:
ハァ、ハァ……* BGMが止まる ** カセットのスイッチを押す音 ** カセットを巻く音 ** カセットのスイッチを押す音 ** 右からドアが開く、閉まる音 *オットー:
鏡で何をやっているのかな?
……。
* 足音が右から近づいてくる *
何か気になっているようだが、それはさておいて……。
僕は君のような女の子を知ってるよ。
……。
僕に怒っているだろう?
ほら。
頭痛止めの薬だ。
……。
さっきのことだど……。
あれは、凄く悪い、というか……友達に対する行動じゃなかった。眠りが浅くてね、心配になってきて、それでやろうとしたことが……。
どうか許してくれないかな。
君の話の続きを、是非とも聞きたいんだ。今度は君の邪魔をしない。誓って約束する。ヌーン:
……いいよ。オットー:
では、君は劇場で、彼と居たわけだね?ヌーン:
白い幕には色々な種類の写真が切りかわっていった。
そして、キャンドルマンは消えてて、私はまた一人ぼっちだった。
まぁ、そう思いこんだだけかもね。映写室の中では映写機がチカチカ光ってた。私は走ってって、ドアを見つけた。ドアは少し開いてる。
店内スピーカーから新しい声が、怒り口調で聞こえた。
(女性の声)『お客様は映写室に入らないで下さい。』
ドアは動かなかったけど、私は力いっぱい押し続けた。スピーカーが怒鳴り声を上げた。
(女性の声)『聞こえないの!?立ち入り禁止って!』
* バン!ドアを勢いよく開ける音 ** 映写機が回り続ける音、かすかにピチャピチャ水っぽい音 *最初に見た映写機は、ゆがんだ目の形に見えた。* ドクン、ドクンと、ゆっくりした鼓動の音 *床にあるものをじっくり見てみる。
脳みそ……?心臓……?
ううん。
筋肉がポンプのように伸びちぢみをしてて、血管が壁を突きぬけていた。
ここで、部屋の中と外のスピーカの両方から、声が聞こえてきた。
(複数の声)『『ノーワン、よい1日を。』』
そいつ……そいつは、私の本当のあだ名を知ってたんだ。
学校で私の教科書いっぱいに、誰かがラクガキしたのが、そのあだ名だった。
どうやって?なぜって、私の頭の中だから。私は聞いてみた、
「ずっと私に話しかけてたのは、どれもこれも、全部あなただったの?」と。
そして、数え切れないほどの映像のフイルム缶が部屋を埋めつくしてて、気づいたんだ。そいつは、ずっとひたすら孤独だった。
だからマネっこしてたんだって。そいつは聞いてきた、『『ここを去っちゃうの?他の皆みたいに?』』
私は、なんとか答えた、「そのつもりです。」
鼓動の音があわて始めた。これは叫び声だ。* ドクン、ドクン、鼓動の音が早くなっていく *ものっすごいたくさんの声で。* 不安げな音楽が徐々に強く大きくなっていく *
* 男女様々な声で一斉にしゃべる *『『みんな、自分の欲しいものをとっていく、ひったくったり、もっとひどいこともする。』』止ったかと思ったら、また続く。『『君が欲しいと思ったなら、それは君のものだ。』』でも私は何も欲しくなかった。
そしたらスピーカーが言った、『『そのペンダント、欲しかったのでしょう。』』鼓動の音はもっと強くなり、新しい声も混じり始めた。
『『君が他の人を追い払ってしまった』』
そいつには……いや、そいつらには、悪いことしたなって思った。この場所は、痛みに包まれていた。
私を引き止めたいと強く願っていたんだ。壁すらも、しくしく泣き始めた。
私に何ができるっていうの。わ、私は劇場を出て階段をかけ下りた。* 軋むドアを力いっぱいあけ、息を切らして走る音 *通路に出ると、目がくらむくらいにライトがチカチカしてた。スピーカーが金切り声を上げていた。
『誰にだって誰かが必要なの、私をひとりぼっちにしないで!』
* 息を切らたまま走り続ける音 *あちこちの壁が泣いて、黒ずんでベタベタした涙を流した。私の周りに流れてきた。* 重いドアが開く音 *
見上げると、直ぐ上のフロアにキャンドルマンがいて、こっちを見つめていた。
私の胸を指差していた、胸のペンダントを。
私はそれをちぎってベタベタの涙に投げ落とした。
そしたら彼が私に手を伸ばして、
そして、
周りの景色が消えていった。
消える前の最後に、スピーカーのすすり泣く声が聞こえた。
『行かないで。その子まで、連れて行かないで。』
……。
* BGMが止む *オットー:
そこで、うーん……。
ちょっといいかな、不思議な言い回しをしてたから。
痛みに包まれる、って。
それは君自身も時々感じていることなのか?
……?
ヌーン、まだ怒ってるのかな?
それとも、鏡の方が気になってる?ヌーン:
耳の後ろに、傷があるんだよ。オットー:
それで君は鏡をずっと欲しがっていたのかい?ヌーン:
ん。前からここによく傷ができてて、それかなって。その傷を見たい。オットー:
む……何も無いよ。そうやって、いじるから赤くなってるだけで。ヌーン:
私、自分自身にもう1つ質問があるんだ。
なぜそんな夢を見るんだい?
奇水病のせいだよ、ふっ、それが答え。オットー:
ヌーン、奇水病は君の体から消えてるんだよ。
もう感染していない。あくまでそれは君の心の中に残ってるだけだ。ヌーン:
で、でもそれじゃ、もし治療が原因だったら?
奇水病とかの治療を始めるまでは、悪夢も頭痛も無かったんだよ。
テレビに出る前に、それとかその前に!オットー:
よしよし、落ち着きなさい、いい子だから。
君は病気じゃない。完全に大丈夫。
君は完璧で素敵な女の子だ。* 布のこすれる音 *今度こそ、君を守ってあげるからね。* 鏡の割れる音 *ヌーン:
ごめんなさい!ごめんなさい。
あんまり強く抱きしめるから、すべり落ちちゃった。* カチャカチャ、ものを拾う音 *オットー:
君はさっき、なぜ夢を見るのかと自問自答していたね。
* オットーが話しながら右に歩く。カチャカチャ音がして、中央に戻ってくる *
本当の答えは?誰も知らない。
僕の研究では常に、潜在意識の思考を脳が掃除する、それ以上のものだと想定していた。
でもまだ答えは無い。昔の教授もそう思っていた。
夢は常に変化する平面、つまり意識のクィディティから来る、教授もそう信じていた。ヌーン:
クィディ……ティ。オットー:
クィディティ。物事の本質だ。
この場合、心の外にある半具体的な空間のことさ。ヌーン:
それは、相互夢と同じ?よく分からない。オットー:
僕の同僚も同じ、よく分からないさ。
僕だって何年間もあれこれ色々試したけど、それを証明するのは不可能だと考えてる。ヌーン:
私がいつか解決できるかな?私が夢のコピーを残すことができるかな?オットー:
君の悪夢は特殊なものだと分かってほしい。
早いところ、君を元の生活に戻してあげたいのだけど、その為には……ヌーン:
私が良くなることだよね。オットー:
そう、その為には君の状態がよくなることが必要だ。
* オットーが椅子から立ち上がって、声が左に行く *さてっと。
* ガラスの擦れる音 *ヌーン:
ふふ。「かわいい君に、甘いおかしを。」でしょ。
もう部屋にもどらないといけないの?* カシャカシャ、飴を選ぶ音 *オットー:
部屋を片付けないとね。
それに君を見てたら、あるものを探していたことを思い出したんだ。
先に行ってて。僕も後で行くよ。* BGM:ブツリという音とともに、不穏な音楽が始まる ** 分厚い紙をめくる音 *オットー:
ぁー……。見つけた。教授の実績に汚点を残した論文だ。
この言葉が真実であると期待したり、恐れたりしながら、ずっと取って置いてた。宇宙には中心がないことが今は知られている。
昔はそれが太陽だと考えられていた。
その前は地球だった。僕らの種族は常に、自分たちこそが経験の真髄だと主張している。
しかし科学的な観察によって、実は愚かな種だと何度も証明されている。天動説が反証されるまでに何世紀もかかったとすれば、問題は同じことが今の現実に起こるかどうかではなく、いつ起こるかということだ。僕らが認識できる世界は、たった1つではく、しかもそれが主たるものとも限らないのかもしれない。* カセットのスイッチを押す音 *
~終~
* 訳注・あとがき *オットーさん難しい言葉ばかりで理解できません……日本語でも理解できません……!……ことはヌーンの睡眠中、ウルトラディアン睡眠サイクルを監視していた時だ。
「ウルトラディアンサイクル」:24時間より短い体内のリズム。主にレム・ノンレム睡眠の波形を指す場合に使われるヌーンの症状が睡眠時随伴症を超えていることは明らかだ。
「睡眠時随伴症」:睡眠中に発生する歯軋りや悪夢など望ましくない現象を総称したもの。夢は常に変化する平面、つまり意識のクィディティから来る、教授もそう信じていた。
「クィディティ」:何かを現状のようなものにし、それを他のものとも異ならせている本質のこと。(意味が分からないですが結構重要な言葉のようです。)1章、2章の時は、ヌーンが夢以外の話をする際に、不自然な空白の音がありました。3章も、冒頭の方で「なにやってるの?」とヌーンが聞くところで早回ししています。
この空白の音や早回しには、何か意味があるのでしょうか。
今回の、小さい少女に怒鳴りつけるシーンはそのまま流しているのも逆に不思議です。
まだまだ謎がたくさん。最終章までにどこまでこの謎は回収されるのでしょうか。
Chapter 4: Two of a Kind 瓜二つ音声はここをクリック→公式英語音声
* カセットを押す音 ** ウィーン… ** 催眠的なBGMが流れている *オットー:
双対性。
心理学に不可欠な概念だ。
人というものは、一人ひとりに多数の顔を持っているもので、その場の状況に応じて、その場に相応しい顔へと切り替える。
身体はその器であり、単一の自己という重要な幻想を維持できるようにさせる。
人間が体験するまさに基礎だ。ヌーンには、無邪気な子どもの一面と、錯乱した旅人、両方の面がある。
どちらも主導権を握ろうとしている。
しかし、もしも双対性が心に限ったことでないのだとすれば?* カセットを押す音 *
ヌーン:
なんで私には彼の息づかいが聞こえるの?
なんで私はふたつの息づかいが聞こえてくるの?
体がふる
* カセットを押す音 *オットー:
ヌーンの消失したことを考えると、あの子の心だけでなく体までもが、分割の対象となっている恐れがある。
一人の子どもが、2つの世界に裂かれる。
僕の頭がイカれてしまったか、それとも、合理的思考の境界線を越えて、更に深く踏み入ったのか。* カセットを巻き戻す音 *
ナレーション:
リトルナイトメアの世界からのオーディオフィクションシリーズ。
第4章 瓜二つ。
* カセットの巻き戻りが止まる音 ** 大勢の子ども達のはしゃぐ声が遠くから聞こえる *ヌーン(左側から):
オットー、ここはなんなの?オットー(右側から):
談話室だ。ヌーン:
あの子達が食べてるのって、ケーキ?
私も食べて良い?
私もあの部屋に行っていい?オットー:
悪いけど、見ることしかできないんだ。
同僚から言われててね、他の患者と一緒でないと入れないんだ。
家に帰る準備ができている子達、って意味だよ。
ちゃんと座って待ってて、ケーキ取ってくるから。* オットーが右に歩いていく足音、左でヌーンがソファに座る音 *ケーキ1切れください、ケーキ1切れ。ありがとう。* 右から足音 *ほら。
チョコレートケーキ。ヌーン:
あの子達、手をふってるのに無視してくる。オットー:
あぁ、それはね。マジックミラーなんだ。
僕たちにはあっちが見えるけど、向こうの子たちにはこっちが見えない。* ヌーンが静かにケーキをモグモグしている *さーて。昨夜のことについて話して欲しい。ヌーン:
んっ、昨夜?オットー:
君は脳の活動モニターを付けたままベッドにいた。
君はそこにいたんだ。だが、一瞬の間、消えた。
どこへ行ってたんだ?ヌーン:
え、何のことか分からない。オットー:
僕は君を見てたからね、君が起き上がって部屋から出て行くこともしてないって。ヌーン:
私は眠ってたんじゃないの?何も覚えてないもん。オットー:
……君は消えたんだよ、ヌーン。ヌーン:
え……?オットー:
最初は何かの間違え思ったけど、脳波の測定値は、あたかも君がいるかのように測定を続けていたんだ。
何分かして、君の姿がまた現れた。* ヌーンの呼吸が速くなっていく *ヌーン:
意味が分からない。オットー:
しかも、それは1回きりじゃなかったんだよ。ヌーン:
どういうこと?私は何も……
人間は消えたりしないよ!(ハァ、ハァ、)助けてくれるんだよね、原因分かるんだよね!* ヌーンの呼吸が更に速くなっていく *オットー:
いや、どちらもできない。
これは大きな進歩で、正真正銘、異常事態だ。
だからこそ確実に、ヌーン:
なんかのイタズラなんでしょ?!オットー:
大丈夫!
僕を見て。
目を見るんだ。
息を、ヌーン、ゆっくりと。* ヌーンの呼吸がゆっくりになっていく *すって。2,3…止めて、2,3…吐いて、2,3…* ヌーンの呼吸が普通に戻っていく *オッケー、良い子だ。
もう大丈夫かな?ヌーン:
なんで私をここに連れてきたの、オットー。オットー:
孤独はつらいかもしれないし、考えを強化するためには視覚化が不可欠なんだ、それはヌーン:
ここは一人ぼっち。一人ぼっちは大キライ。オットー:
そして君もいつか、あっち側の談話室に行くことになるんだ。
一人でケーキを食べるより、みんなで分け合ってる気分になってごらん、その方が気が楽になるだろう。
さて、たとえ君に理解するのが難しくても、僕の処置を信頼して欲しいんだ。ヌーン:
……分かってるよ、あなたが思ってるよりも。オットー:
あぁ、君の頭のどこかに隠れこんで、見つけられないだけだって、そう考えてるよ。
さて、おいで!今夜のセッションの準備をしよう。ヌーン:
もうちょっとここにいて良い?
あとちょっとだけ。オットー:
あー、わかった。
* オットーが右から左へ移動していく *
そのケーキを食べ終わるまでね。* テープを早回す音 *
* テープを再生する音 *ヌーン(震え声):
たくさんコードがある。あっちにもこっちにも…。* パチパチ電気的な音がする *オットー:
これは、君が寝ている間に装着している脳波計測と同じものだ。
今回だけは、覚醒時との結果を比較する目的で、君が語っている間も測定したいと思う。ヌーン:
私の最後のお医者さんにも、同じようなことずっとさせられたよ。胃にチューブ入れたりとか。
そんな試しで起きている間に装置を使うなんて、あ、あんまり好きじゃないな。* ペリペリ、装置を付ける準備の音 *オットー:
この電極をつけると、頭皮に変な感触が起こるかもしれないけど、痛みは無いよ。なにも心配いらない。
もし不安な気分になってきたら、たっぷり深呼吸して。
さっきやったとおりに、ね?ヌーン:
よく分からない……オットー:
信頼して!覚えてるね?* 左から、カチッ!ブーーン… *ヌーン:
うっ!オットー:
思ったほど悪くないだろう?ヌーン:
これで終わりなんだね?オットー:
もちろん。好きなタイミングでどうぞ。* 脳波計測の音が左から続く *ヌーン:
私が現れたのは暗い場所で、周りには鮮やかな光がキラキラしてた。遠くから笑い声とか叫び声がする。
叫び声っていっても、楽しそう。
進んでいくと、木箱に座った子ども達が見えてきたんだ。
近づいたら皆びっくりさせちゃったけど、順番に自己紹介してくれたんだ。* オルゴールのような物寂しいBGM *全員パフォーマーで、一人ひとり特技があるんだって。ジャグリング、火を吹く、トラペー…なんとか。オットー:
トラペーゼ、空中ブランコのことか?ヌーン:
トラペーゼ!うん、あの子はそう言ってた。
ラスティって呼ばれてる男の子で、綱渡りもするんだって。周りには木製のキャラバンとか、大きな黄色い車輪、カラフルな布なんかがあちこちにあった。
また光が灯ってるのが見えた。
私が来る前に雨がふってたのかな、水たまりが、色付きの豆電球に照らされてた。
にごった水に映った光が渦巻いて。
バレエみたいで……
とてもきれいだった。私の気がそれちゃってる間に、他のみんなは、早口な大声でおしゃべりを続けてたんだ。ティーンエイジャーみたいに。オットー:
ティーンエイジャー?それで、その子達はどれくらいそこで曲芸をやってるんだ?ヌーン:
お願いオットー、続きを言わせて。* ここからカーニバルの喧騒が徐々に大きくなっていく *様子からして、長いことあの場所にいたみたいだったよ。
でも自信を持ってて、もしくはそう見えるようにしてた。それに優しかった。雲が少し途切れてきた時、ラスティが乗り物にいっしょに乗らないかって、さそってくれたんだ。ラスティ(のまねをするヌーン):
あれは最高だよ、だって綺麗な景色が見えるから。ヌーン:
思わず、はい。って答えた。
遊び仲間のグループに入れてもらった気分だったよ。今までそんな経験なかったもの。* カーニバルの喧騒MAX。お菓子を食べる音、バカ笑いなど聞こえる *私達は、ゲームとか、くだらなそうな屋台の前を通り過ぎて……巨大な観覧車にやってきた。* ギギギ…観覧車のきしむ音 *みんな2人ずつペアで乗っていった。
最後に私とラスティで、いっしょのカゴに乗った。* 硬い足音、もふっと座る音 ** カーニバルの喧騒が遠のいていく *とっても高く登っていった。カーニバルの全体が見えた。
もっと、普通じゃないくらいに高くなって、まるで……空の上にいるような感じだった。* 風の吹く音 *ラスティは、船のマストみたいに見える高い木のポールを指差した。
さっきまであの場所にいたんだと言う様に。
でも、なんで船が空に浮いてるんだろう?質問したそうな私の顔を見て、ラスティは言った。ラスティ(のまねをするヌーン):
外じゃなくて、下を見て。その方が、そんな風に気分が悪くなることもないだろうし。あと、時間も無いんだ。ヌーン:
私……私、覚えてる。
あのひと時、何もかも大丈夫だって感情。
巨大な観覧車の中で、生まれて初めて、あんな長い間……
私……幸せだって感じたの。でも、ラスティは……。
急に悲しそうな顔をした。
声の調子を変えて、続きを話し始めた。
『向こうに見える巨大なテント、あれはビックトップっていうんだ。』
話によると、他の友達とショーに出なきゃいけないから、もうすぐそこに行くんだって。
答えは分かってたけど、あえて聞いてみたんだ。
「君はショーに出るのが好きじゃないんだね。」
そしたらラスティはふてくされた顔になって、少し間を置いてから、答えた。
『大っ嫌いだ。』
なんで?って聞くと、ラスティは小さな声でモゴモゴ呟いたんだ。でも風の音にかき消されて聞こえなかった。
* 風の音…… *
やっとラスティはこっちを見て言った。
『やつらは僕らに無理矢理やらせるんだ。で、やつらが言ったことは、どんなことでも絶対だ。』「やつら」ってのが誰かは分からなかったけど、やな予感がしてきた。それに、観覧車に乗ったほんとの理由が分かった。
こんな高いところなら、盗み聞きされる心配がないから、心置きなく話したいことを話せるんだって。* 木のきしむ音 *観覧車が折り返し始めたくらいに、ラスティはすごく早口で、友達と計画してきたことを話し始めた。
そして、今までにやったことの無い特別なショーやる予定で、その一部を私に協力して欲しいとも話した。
私の役割は、見張りをすること。
もし、紫色のスーツの男を見かけたら、綱渡り中のラスティに合図を送ることになった。
「君をショーに引っ張り出してるのが、その男なの?」
ラスティは答えをはぐらかすかのように話し続けた。
『スポットライトの中に入ると、その部分は輝いて、他は陰に潜む。僕たちは光り、そのまま言われたとおりにしないと……』最後まで話しきらなかったけど、彼の言いたいことが分かった。
私だってテレビに出たとき、ライトをよけれるなら、なんだってしたいと思ったもの。
それで私は言った。
「単純な合図じゃ役に立たないから、大声で叫ぶからね。私たち2人だけに通じる合言葉……ビッグトップっていうのはどう?」
ラスティはいい案だといってくれた。そういえば、まだ計画の目的を聞けていなかったから、雲を見つめてるラスティに聞いてみた。
「脱出しようとしてるんだよね、このカーニバルから。」
そしたらこう返してきたんだ。
『この全ての、腐った世界からさ。』* BGMがゆっくり終わる ** 左から機械の音だけが続いている *オットー:
その少年は、カーニバルを超えた別の世界があることを、知識として持っていたのか?ヌーン:
今まで考えたこと無かったけど、そうだと思う。
それに、私もそんな風に感じた。オットー:
そ、それは……!君が行った場所は、全て同じ世界だったというのか?ヌーン:
その考えであってると思う。
この地下室が上の階とつながっているような感じと似てるよ、いっしょにならないだけで。オットー:
何でもっと早く言わなかったんだ?!ヌーン:
それってそんなに大事なオットー(遮る):
君は夢の中で感じ取ってたのか!確実に実体化した、一貫して存在した場所を?
その場所が実在していることを?
物理的にそこにあると?ヌーン:
そ、そう思うよ?どんな仕組みか分からないけど、そんな風に感じてる。
だから、その質問の答えは「はい」だよ。
……やっと信じてくれるの?オットー:
そんなことを信じてしまったら、僕は免許剥奪だよ!
とはいっても、君の話が真実である可能性は認める。
昨夜君の身に起こった、いわゆる神隠しの説明としても多少つじつまが合うしな。
……ふぅ。
僕自身もそこへ見に行く必要があるな。ヌーン:
見に行くって、そんな?!
私がそこに行かないように手伝ってくれるはずなんじゃ!オットー:
僕には、君と一緒にそこに到達する必要がある!
前に話した、意識のクィディティを見つけなければ!ヌーン:
なんで、そんな必要があるの?オットー:
……。ヌーン:
信頼してって言うけど、時々私の質問に答えてくれないよね。不公平だよ!オットー:
あぁ……。僕は……。
僕は、大切な人を失ったんだ、分かるかい?かなり前の話だ。
その人は、ひょっとするとその場所にいるんじゃないかって、頭の片隅で信じてるんだ。ヌーン:
私にすっごく関心を向けてくるのは、それが理由なんでしょ?!
だから、テストとか、実験とか、たくさんやらせるんだ、全部その人を見つけるために!!
* ヌーンの呼吸が荒くなっていく *オットー:
今は君の方が不公平になってるよ。ヌーン:
えぇ、あなたはどうせそこにたどり着きもしない!オットー:
どうしてだ!* 呼吸は落ち着いてきたが動揺は続いている *ヌーン:
それは「ノーウェア」、どこにもない場所。オットー:
「ノーウェア」?どういう意味だ?ヌーン:
そこは……場所であって、場所でない。オットー:
あの少年、ラスティが言ったのか?それともキャンドルマン?ヌーン:
どっちでもない。オットー:
君が隠し事をするなら、僕には助けられないよ。ヌーン:
なんでも話してるよ!
私の脳みその中だって、私よりそっちの方がよく知ってるんじゃないの!
ハァ……ハァ……頭の中に、なんか、いる……オットー:
呼吸だ、ヌーン。吸って……深く吸って……
僕の呼吸と合わせるんだ。* 深呼吸する音、左からは機械音が続く *よし、大丈夫だな。
お芝居ができたんなら、続きを急ごうか。ヌーン:
もうやめたい。オットー:
早く終わらせれば、早く自由になれるよ。* ヌーンが無言で深呼吸をする *ヌーン(震えた声):
皆で……ビッグトップに行った。
ラスティや他の人たち全員……ビックリするような衣装に着がえた。
スパンコールのついた、黒と白の衣装。他にも…派手な赤いコート。* カーニバルの楽しげなBGMが遠くから、徐々に大きくなる *ラスティはそびえ立つステージの正面に私を案内して言った。
『この中で最高の特等席だよ。』
私、とても特別に感じたんだ。
だけど……ラスティは周りを見回して、また困った顔をしてた。
それで、何も言わないまま舞台裏に行っちゃって、同時に観客が押し寄せ始めたんだ。
* ラスティが右へ走っていく音 *
* 全体から観客が、ガヤガヤ、ブヒブヒいう音 *ここの、ヒト?たち。へんてこな形をしてた。
顔なんて、下手な絵が動いてるみたい。* 左に人がどさっと座る、何かをカリカリかじる咀嚼音、ゲップ *私の左に座った人は、リンゴあめを食べてたんだけど、中はドロドロで生っぽい。
太った体の人たちで席が埋まってった。* 右の離れた席にも座る音、ぺちゃくちゃ音 *あちこちで、重たい体にイスが押しつぶされて、体がイスからこぼれ落ちてた。
同時に、臭くて、テカテカで、ベタベタしたお菓子を、みんなこぞって顔じゅうに詰め込んでた。* 不快な咀嚼音が続く *吐きそうな気分になってきた時、ライトが消えて……
みんな静かになった。* バチン!バチン!ライトが消え、客が静かになる音。しばし間。 *そして…* バチーン!ドラムロールとトランペット、歓声 *スポットライトがステージを照らして、赤いコートを着た子が真ん中に歩いてきた。
その子の見せてくれたマジックショーはとても素晴らしくって、思わず自分がどこにいるのかさえ忘れてしまうところだった。
マジックの最後に、彼はマントをヒラヒラと回転させて、煙が出てきて、煙でいっぱいになった時に、バン!!* 大きな音、歓声 *マントが落ちたときには、その子は消えていた。変わりに2人組みの別の子が現れたんだ。2人は口の横に棒を持っていて、火を吹いた。
お客さん達のためにそんなことをやったんだ。
その時、私には見張りの役目があったんだって思い出した!
でも紫色のスーツの姿はどこにも無かったし、そのまま火吹きの2人組みの出番が終わって、次にジャグリングが始まったので、そっちに気を向けた。
火のついた棒を仲間同士で投げ合って、すっごく高いところまで投げ飛ばして!
(わ~~!わーー!)わ、私も知らず知らずのうちに、他のお客さんといっしょに声をあげちゃってた。またスポットライトがギラギラと光って、テントの一番上を照らした。
そこには、2つのはしごのと、その間にかけられたロープ。
片はしに立っていたのは……ラスティだ。* 緊張感のあるシンバルロール *周りの人たちは動きを止めて、完全に静かになった。ラスティはゆっくりと歩き始めた。その表情は、さっきよりもずっと自信に満ちていた。
静かな時間が長く、長く、続いた。
まるでみんな魔法にかかったみたいに。
それから、ふと気づいた。* 左から、ガラガラした呼吸音が聞こえる、不穏なBGMも始まる *私のそば、ちょっと前まで空席だったところに、なにかがいた。遠くからのオットーの声:
紫色のスーツを着た男か?ヌーン:
私には、その男が目に入る前に、聞こえてきた。
ふたつの呼吸。* ヌーンの言うとおり、かすかに別の呼吸音も聞こえる *なんで私には彼の息づかいが聞こえるの?
なんで私はふたつの息づかいが聞こえてくるの?
体がふるえてきた……。でも、まだそいつはラスティに注目していた。* 周りから歓声、ヌーンが息をのむ *私だけが声を上げていないことに気づいて、その男がふり向いた。
その顔には、目が無かった。
目が無いのに、私を見ているって分かったんだ。
なんで目が無いのに、私は見られてるって感じるんだろう。* シンバルの音と、歓声 *それに、そいつのヒザには、小さい男が乗ってた。
あやつり人形……ただ、木やプラスチックで出来てる感じじゃなかった。
頭のてっぺんに髪があって、その顔はデコボコ。大きな口が彫られていた。
この人形の方にはちゃんと目がついてて、上にあるスポットライトの光を見つめていた。* 拍手と歓声 *
急にお客さんたちが大きな声を上げた。ラスティがロープの真ん中に到着したんだ。
でも人形は顔にしわを寄せた。その表情は憎しみに満ちて、あの歓声は自分にこそ相応しいのに、って思ってるみたいだった。
拍手をしていないのは私だけだったので、人形もこっちに顔を向けてきた。
* 首を動かす音、ブチブチ…… *彼らが話したのか頭に浮かんだことかは覚えてないけど、笑顔で私をショーの一員として招待したんだ。
* かすかに低い喋り声 *それで私は叫んだんだ。「ビッグトップ!ビッグトップ!」
でも、観客は最高に盛り上がってる!
ラスティはロープをわたった、そして、はしごを下りる代わりに、テントの上にある布の小さな切れ目に向かって、登り始めた。
横を見ると……男はまだそこにいて、ぐったりしていた。
でも、ひざの上の人形は……人形は……!(呼吸が荒くなる)いなくなってる!!ラスティ!「ビッグトップ!!」大声で叫ぼうとした!ノドがはち切れるくらいに!
でもっ!息ができないっ!ハァ、ハァ
それで……!ハァ……!
あの人形が見えた!カゲからのぞくデコボコした顔!テントの頂上!
ラスティを待ち構えてる!
ハァ……!
隣にいた男は、ほめられて嬉しそうで、でも注目されるのが悔しそうで、はずかしげにしてる。
また男の息づかいが聞こえる。
2つの別々の呼吸が。
私は……何度も、何度も……叫ぼうとした。
でも、手遅れだ!
ラスティはとうとうスポットライトから外れた!
それで……小さな人形が突進して、
それで……で……ラスティ!?ラスっティ!!!* 夢の中の音が中断、機械の音だけが聞こえる *オットー:
その少年は逃れ出せたのか?* ヌーンが過呼吸 *
ヌーン:
この……頭の……機械を……とって!!オットー:
ラスティは逃げれたのか?!ヌーン:
いやっ!これ、いや!ラスティ!!!オットー:
さぁさぁ、大丈夫、大丈夫、深く息を吸うんだ。深ーく、息を。
僕に会わせて、1、ヌーン:
あああぁ!!!2!ビッグトップ!!オットー:
ゆっくり、ゆっくりだ。ゆーーっくり、息を吐いて。ヌーン:
ラスティ!!2!に!!オットー:
呼吸に集中だ、さぁ、ヌーン:
ビッグトップ!ビッグトップ!!!オットー:
2、3……。1、2……ヌーン:
深呼吸だね!いち!わ、私の体!!* 機械が急停止する音、バタン! *オットー:
ヌーン?! ヌーン!!ヌーン!!* バタバタする音、左からガラスの割れる音、録音がとまる *
* カセット停止 *…………オットー:
さっきのトラブルでの顛末で取り返しのつかないことといえば、幸いにも、ヌーンから僕に対する信頼だけだ。
……もっと悩ましいことといえば、ヌーンの夢の話の欠如だ。一歩後退、それはおそらく検査機器に気を取らてしまった結果だ。あの子の身体醜形症は悪化した。
あの有名な医師は、あの子にどんな処置を施したにしても、責められるべきだ。
それに、気の毒な子供達……。ヌーンがコソコソするようになったのも、それが原因かもしれないな。* ペンで叩く音、紙を探る音 *音信不通になってた海外の同僚らが発行した雑誌を発掘したんだった。
以前は複数の領域が存在する可能性を考えていたが、単一空間である可能性の方が高い。
ここに書かれた形而上的思索にも合致しているように思える。
彼らの研究が憶測の域である間は、もはや否定できなくなってきたな、あんな、周辺の存在に対して指し示す経験的な兆候を。
だとしても、なぜこの僕には全く知覚できないんだ。
ベールに覆われてる。
ハッ!そうだ。
まさにマジックミラーだな。僕だけが見えない、聞こえない、バカみたいに何も分からず、立ち往生だ。はぁ……。
それに、フェリーマンの存在が潜んでいる。ヤツは夢の操作は達人だろうが、この世界に属していない。
『あの男はこの世界の人じゃない』って、ヌーンが結構前のセッションでも話してたな。とはいえ、ヤツは繋ぎ役だ。
決めた……。
ヤツが潜む不可解な奥地を見つけて、その地へ、僕も行くんだ……
ヌーンの言う、「ノーウェア」へ。
~終~
訳注
オットー:ティーンエイジャー?
ティーンエイジャー=この場合は13~19歳、中高生くらい。
オットー:その人は、ひょっとするとその場所にいるんじゃないかって、頭の片隅で信じてるんだ。
原文:* they mey be there. *
直訳すると、彼らがそこにいる、という訳になります。過去に何度か出てきたシィシィのことのようですが、she(彼女)ではなくthey(彼女/彼/彼ら)の単語を使う理由は、シィシィについてヌーンには詳しく話したくない意図があるのかもしれません。
音信不通になってた海外の同僚らが発行した雑誌を発掘したんだった。
海外の同僚と訳したものの、正しくは「outer circle」の同僚。outer circleとは、英語が第二言語とする国のこと。インド、シンガポール、フィリピン、ナイジェリア、タンザニアなど。
身体醜形症
自分の体に、本当は存在しない特徴的な欠点があると思い込み悩む病気。
Chapter 5: A Deluge of the Inevitable 逃れられない大洪水音声はここをクリック→公式英語音声
* カセットを押す音 ** 嵐の音 *オットー:
超心理学者が何世紀にもわたって執着してきた原型である、「狭間の守護者」。
無数の文化の物語に登場する神話的存在。
表現がどうあれ、やつの役割はいつも決まっている。
目に見えない世界へ思い切って侵入しようとする者たちの前に、立ちはだかることだ。最後のセッションで、やつはヌーンに語った、というよりヌーンを通して僕へ語りかけた。
テープを聞き返しているが、未だに理解できない。
あれ以来、その言葉を病的に繰り返してしまう。こんな感じだ。
『境界を渡り、煌きに沈み、古い眠りを棄て、新たな眠りへ。』キャンドルマン、フェリーマン、そしてもちろん、狭間の守護者。
内側に潜む幻影的存在に、僕は「出禁」を喰らってしまった。
* 出禁の単語と共に紙を叩く ** テープを巻き戻す音 *ナレーション:
リトルナイトメアの世界からのオーディオフィクションシリーズ。
第5章 避けられない大洪水。
* テープの巻き戻りが止まる音 ** テープの再生する音 ** あちこちから機械のうなる音が聞こえる *オットー:
結局ヌーンは正しかったんだ。
あの子の能波の結果を見直して気になる点が見つかり、不本意ながら能のスキャンを取ってもらった。
初めは結果を見て妥当性を疑ってしまったが、放射線技師は素っ気なく断言した。
ヌーンのスキャンには、右の扁桃体に間違いなく、えんどう豆サイズの小さな腫瘍が見える、と。
異常な外観にもかかわらず、良性だそうだ。* カチカチとねじを回す音 *これには何もかも疑問だ。
あの位置にあるということは、恐怖反応、感情の起伏、そして最悪なことに、夢に影響を与える可能性がある。
ただ、僕はあのことに反するすべての証拠を、否定することはできない。ヌーンにこのことを伝えるか熟考した。
あの子は自分の体のことで十分に恐怖を覚えてしまっている。真実を話したところで、余計に悪化させるかもしれない。
シィシィにつながる可能性を危険に晒すなんてできない。さて。今からこの録音テープを聴く人がいるとすれば、僕らの気が狂ったように感じるかもしれない。
だが論より証拠だ。
ヌーンの、消失、トランスパーソナルの状態、あれは僕らの感覚を超えた領域の絶対的な証拠だ。
それは常に周りで起こっていた出来事だが、今は繋がることができると分かっている。
そして、あの子はその領域へいく手段を持っている。* 紙を取り出す音 *教授の論文ではこう仮定している。
「クィディティ、つまり意識の世界に入っていくには、2つの条件がある。
第一に、こちらの世界の中に隠された場所、入り口。
第二に、その扉を開ける手段。
そして、鍵は主に恐怖から切り出されると私は断言する。」* 紙を置く *僕には教授のような学識が足りないのか、それとも情熱が足りないのか。
唯一の希望は作業の完遂だ。もう何週間も寝ていない。
僕があの子のような夢を見れないうちは、「ノーウェア」へ行く方法は永遠に分からないだろう。* テープを早送りする音 ** テープを進める音 *オットー(左から右へ歩きながら):ひどい天気だなぁヌーン。天気予報の人がいうには、渦巻く霧の天気だとさ。* 風の音がする *カウンティの地域独特の気象現象だと。土砂降りもそう遠くない。
気分を明るくするためにも、プレゼントだ。ほら。ヌーン:
あっ、そっくりだ。赤い色してるところも。オットー:
菊だよ。ご両親が何週間か前に置いていったものと似た花だ。
謝罪の気持ち、それに、僕が当時と同じように献身的に取り組むよう思い出させるためにも。ヌーン:
かわいい。オットー:
これは多年草だから、毎年花が咲くよ。君と同じようにね。ヌーン:
……。
私、今なら、ママとパパの話ができる。オットー:
へ?なぜ今?どういう心境の変化だ?ヌーン:
だって、忘れてきてるような気がしてきたから。
お話をすれば、覚え続けられるかなって。オットー:
もうご両親と離れて何週間も経ってしまったから?それとも、文字通り記憶がなくなってると感じてるのか?ヌーン:
うーん……。どちかというと、自分の一部が消えてってる感じ。
ここにいるのは私なのか、それともあっち側か、どっちか分からなくなってきた。オットー:
君は一人だ、どっちも同じ君だよ。今まで語ってくれた話から察するにね。
違いは君ではなく、その周りの物理的な空間だ。ヌーン:
ママとパパの話をしたいんだって!
たいてい子どもは悪夢とかそういうのを見ると、安心したくなって両親の所に行くんだよ。
それなのに、ここじゃ何回も何回も悪夢の追体験!
それって、私を通してシィシィを見つけたいからだけなんでしょ!オットー:
ヌーン。答えを見つける唯一の方法は、君が眠る間にどこに行くかを見つけることだ。
君のご両親の話は、時間の無駄だ。ヌーン:
このセッションは私のためじゃなかったの?!オットー:
いつも君のためだ。ヌーン:
でも私は何も言っちゃダメで、どう感じるか、何をするか、自由にできない。
ここじゃ私が私ですらいられない。
……。
言われたことはやるけど、代わりに約束して。
頭に線をつけない。機械もだめ、今夜はイヤ。オットー:
機械なしね、約束する。
今回の計画は、きっと楽しいと思うだろうよ。* テープを進める音 ** ドアを開ける音 *オットー:
これは交代勤務用のベッドだった。今じゃここで寝ることの方が多い。* ドアを閉る音 *ヌーン:
あら。かわいい。オットー(右から):
今回はいつもと立場を逆にしてみよう。* オットー、ベッドに座る音 *僕はここに寝て、目隠しして視覚を遮断する。自己誘発催眠で、君の言葉に集中する。
君には直近で訪れた場所のことを語るんだ。
そして僕の頭に情景を投影する為に、一生懸命努力して欲しい。ヌーン(左から):
そんなことできる気がしないけど、いいよ、やってみる。* オットーがベッドに潜り込む音 *ヌーン:
そこの写真の女の子って、あの……あなたの娘?オットー:
姉だ。ヌーン:
へー、あんまり似てないね。オットー:
こっちは準備できたぞ。目隠しもつけた。僕を連れてってくれるかい、ヌーン。ヌーン:
そこは何も見えなかった。オットー:
ゆっくりとね。これはとても重要だ。
僕を引き込むようなイメージで語ってくれ。ヌーン:
……真っ暗闇の中をただよってた。足元にも何も無かった。
そして、周りすべてがゆっくり消えていって、どこか新しい場所にいた。レンガ造りの地下トンネル。
真ん中の水路にはドロドロの汚いドロが流れている。今でも音が聞こえてくるよ。
鍵の音がジャラジャラ。キーキー音を立てる金属。* かすかに音が響く *どうオットー、聞こえる?オットー:
う、うーん、聞こえない。でも、続けて。ヌーン:
その音は、どこか遠くの子どもが出している音だった。
巨大な鉄のドアを閉めようとがんばってるような音もする。
ドアが閉まる直前に聞こえたのは、笑い声だった。* 子どもの声と、固い反響音が1回 *トンネルの壁に沿ってついてるパイプから、汚いドロが流れ出てきた。
行く場所が無いので、仕方なくドロの流れに沿って進んでいった。
次の場所は、頭上に排水溝の穴があった。* 子ども達のざわめきが大きくなってくる *排水溝の下から見上げてみると、見えたのは、男の子の汚れたブーツとか、腰に下げたランタンのオレンジ色の光だった。目が会うと、男の子は叫んだ。「見て!もう生き物がいる!」
それで、天井にある全部の排水溝から光がふり注いだ。
他の男の子や女の子達が私をのぞこうとしてる。
だけど急に、みんな静かになった。* ざわめきが途絶える *なんだろうって思ってたら……聞こえてきた。* ゴゴゴゴ…… *トンネルの奥からゴロゴロひびく音が。
上の子たちがささやき始めた。『ここに来るんだ!やっと!』* 子ども達の嬉しそうな声が重なる *私の感じてるもの、オットーも分かる?* 夢の音が止まり、こちらの世界の嵐の音になる *オットー:
みんなは……君を……待ってたのか?ヌーン:
ううん、ちがうよ。あの子達の喜びと、ありあまるワクワク感。
みんな何かの目的でここに集まってて、それがついにやって来るんだ。
年に1回だけの、お祝いの日みたいな感覚だよ。
私はそんな熱気に背を向けて、下水道を下っていって……* びちゃびちゃした足音 *合流地点に出た。目が回っちゃうくらいの数の、地下道への入り口。それで私は目をつむって、耳をすませてみた。* サイレンのような奇妙な音 *左のほうから音が聞こえてきた。
じっと待ってみると、遠くから誰かがやってくるようだった。
真っ暗な下水管の入り口の前を、誰かが横切っている。
変わった道具を持っていて、時々水の中に何かを察知すると、ビーって音が鳴った。* 奇妙な音が大きくなっていく、水をかき混ぜる音も続く *ほとんど見えなかったけど、通り過ぎる前に、ちょっと姿が分かった。重い袋を肩に担いで、中で何かがうごめいてた……でも、現れたときと同じくらい早く、一瞬で見えなくなっちゃった。* 奇妙な音が小さくなっていく *臭いドロがが足首まで急に上がってきて……* ベチャベチャ、重そうな足音と、ヌーンのうめき声 *鼻が曲がりそうなくらいの悪臭がしてきたんだ。
ね、オットー。
想像してみて。生ゴミが鼻に詰まった感じ。* 右からバタバタする音 *反対側に見える小さなパイプが詰まって、下水の流れも止まっているが見えた。
よく見ると灰色のカタマリがささってて、みっちり詰まって、ピクピク動いて抜け出そうとしてるように見える。でも、ソレが抜け落ちてドロに落ちたとき、* ビチャ! *私はソレが本当に生き物だって気づ
いたんだ。* ノームっぽい音 *
* BGM:くぐもった音で音楽が流れる *ソレは自分の力で立ち上がって、ゆれ動きながら、私に興味を持ったみたい。
頭は変な円すい形の形をしてて、カウンティで見たキノコみたいな形をしてた。この、小さなキノコの妖精さんにちょっと近づいてみると、まるで昔からの友達だったみたいに、私のまねっこをし始めた。オットー:
友好的な存在だな……子ども以外で敵対心の無い存在は、初めてだな……。ヌーン:
あの子はあの世界に属しているんだ。
私みたいに、ちょっとよそ者っぽい感じもあったけど。
も、もしかして効果がでてるの、オットー?
ちっちゃくてかわいいキノコの頭、見える?オットー:
そんな気はする……多分ね……。続けてくれ……。ヌーン:
いいよ。心をただよわせて、オットー。ふわふわと。* ノームとヌーンが歩く足音 *上の排水溝のスキマから、折れ曲がった虫取り網が飛び出してきた。
私はかがんだ。キノコの妖精さんは何もしなかった。
注意の意味で上を指差してみると、キノコ妖精さんはただ私のマネをするばかり。* 不穏な音と、少女の笑い声 *上には、イジワルな笑顔を浮かべた女の子がクスクス笑いながら、スキマから腕をつき出して、かわいそうな生き物をつかまえようとしてる。
私は壁から外れかかったレンガを抜き取って、女の子に投げつけた。* ヌーン:はぁっ! *
* ゴツン! *
* 少女:あ゛あ゛ぁぁ! *腕に当たって、女の子が泣いてる間に、私はそのキノコ妖精さんをだっこして逃げた。* 息を切らしてダッシュする音 *開けた場所にたどり着いて、私はその子を下ろした。* タタタタ……ノームが右へ走る音 *そしたら、すぐに歩き出して、私について来てほしそうにふり返った。
神経質でぎこちない小さな体は、歩くたびにカタカタ音がなった。
どういうわけか見せたいものがあるらしく、整備室に通じるさびたドアの前に来たところで立ち止まった。中に入ってみると、とんでもないものを発見した。* ギギィ…… *
* 壮大な音楽 *
* ヌーンが感嘆のため息を漏らす *部屋中に無限の山ができてて、中にはただのガラクタもあれば、金の宝石もあった。
ここは、限りないくらいに物を集められそうな場所だった。
とってもミリョク的……。* 金属の重なる音 *カギの山を調べていて、初めてこれがどこからやってきたか気づいた。
この部屋のもの全部、長い時間をかけて上の世界から落とされたものなんだ。
一つだけ場ちがいだったのは、イスの上に置き忘れたように置かれた、子ども用のプロペラ付きキャップだった。* ノームのカラカラいう声 *キノコの妖精さんが私に見せたかったのはこれだったみたい。その時、あの男が近づいてくる音が聞こえた。小さな妖精さんは、片方だけしかない手袋の山にかくれたので、私も後に続いた。* ノームが左に走り、乾いた音が響く。ヌーンの足音も左へ。右からドアの開く音と、奇妙な機械の音が始まる *かげからこっそりのぞいてみると、男がドアから入ってきて……ポケットの中のものを投げ始めた。コイン、指輪、アクセサリー。その次に、べとべとになった防水着を脱ぎ捨てた。* ベリベリいう音 *現れた体はホネのようにガリガリで、背筋は恐ろしく曲がっていた。肩に背負ってるように見えた袋は、実は頭だったんだ。ぶよぶよに腫れて、水の詰まった風船みたいにふくれてた。
でも何となく分かったのは、この男は最初からこんな頭じゃなかったってこと。
変わっちゃったんだ、この下水道にきてから。オットー:ワケがわからないな。その場所が男の姿を変えたなんて、信じられるのか……?ヌーン:
ジコユーナントカか知らないけど、やる気あるの?私みたいに、見たり、かいだり、きいたり、ちゃんとできてる?オットー:
できないんだ。心の底から望んでて、それなのに、ヌーン:
トライ、だよ!いっつも私に言ってるよね。私もがんばってるんだから、あなたもがんばってよ。私の目の横で、ちっちゃなトンガリ頭が逃げ出そうとしているのが見えた。* 左からノームの声 *風船頭は目鼻の先。その時私の頭をよぎったのは、ジェスター、ベタベタした髪の子、そしてラスティ。
助けてあげることができなかった。もう、くり返したくない。* 轟音が大きくなってくる *ラッキーなことに、ゴロゴロひびく音が、さっきよりも強く鳴り始めた。* 周りのものが落ちる音と、甲高い男の悪態の声 *音の振動で山がくずれて、男は我を忘れそうなくらい怒りだした。
それで私はかくれている場所から飛び出して、キノコの妖精さんをガッチリつかまえて、ドアから出た。* 走ってドアを開ける音 *私は走った、ひたすら走った。* 水浸しの中を走る音と、男の機械音 *男の足は速くは無いけど、そんなの関係なかった。男の持っている道具が私を探知して、どこへ行っても追いかけて来た。ヘドロがひざ上までせりあがって来て、私は方向感覚すら分からなくなってきた。
ひたすら排水溝の穴から穴へと逃げまわった。そして立ち止まってみた。
男が私を見失ってくれてたらと願って。* 遠のく機械音 *そのとたん、上からランタンの光で一斉に照らされた。* 子どものざわめき *やんちゃな子ども達が私達を見つけて、大声で歌い始めた。「つかめ、つかめ、プレゼントつかめ♪ ぜーんぶ流されてしまう前に♪」* 子ども達が手を叩いて歌う声 *歓声は大きくなった。理由は私にも分かった。* 再び大きくなる機械音 *遠くの正面に見える下水道の穴から、あの風船頭の男が現れて通せんぼした。
下水道が自分の手足の一部かのように、あの男も機械も、この場所を知りつくしていた。私はもと来た道へ逃げたけど、曲がる場所をまちがえちゃった!
そこはレンガの壁でできた行き止まり!* ノームの声 *キノコの妖精さんが、逃がしてほしそうにジタバタ暴れ始めたので、はなしてあげた。
灰色のトンガリ頭はくずれたガレキの山を登って、一目散に割れ目から逃げてった。* 右に消えていくノームの声 *何のためらいもなく私を置いて。
こっちは命を救ってあげたのに……* 水の流れる音 *妖精さんが逃げ込んだ割れ目の向こう側から水がふき出し始めた。男が近づいてくる間にも、私は壁のレンガを引き抜いていった。
レンガが1つ外れると、また新しい1つが外れるようになる。* ヌーンの掛け声と、ゴリゴリとレンガを引き抜く音 *機械はビービー、大きな音を鳴らし続けている。
最後のレンガを引き抜く頃には、ちょうど私が通れるくらいの大きさの穴になった。* 最大に近づく機械音と、男の低い声 *男は壁を叩いて私につかみかかろうとしたけど、もう私は遠く逃げてた。小さくて白くにごった目は、ずっと私を見つめてきた。そこに、さっきより強い地鳴りがひびいて、男はついに怖がって後ずさりした。* 再び、地響き *その後も、とどろく音は鳴り止まない。
上から聞こえてくる子ども達の喜ぶ声も続いてる。* 地響きと、子どもたちの甲高い悲鳴 *その子達が待ち望んでいたもの。* 音が止む *その時が来たんだ。……オットー。起きてる?オットー:
うん、頑張ってるよ。頑張って、君と同じものを、見ようと、感じようとしてる。でもだめだ。僕には、君が持っているような才能は無いし、君の才能にも僕が期待したような効果は……ヌーン:
できることならこんなチカラ、一秒でも早くあなたに押し付けたいよ。頭の中にあるもの全部。そしたら私もこんな目に会わなくてすむのに。* 外で嵐の音が鳴り響いている *続き、話そっか?オットー:
うん。ヌーン:
まるで、怒り狂った誰かが下水道をつかんでゆさぶったみたいに……水が壁にぶつかった。
私は何度もこけそうになった。
下水道はどんどん広くなっていく。次に小さな別の音が聞こえてきた。カチカチ、ザワザワ。* 小さな高い音から、徐々に騒音になっていく *そして目の前の暗闇の中から現れたのは、大量の小さなキノコ妖精さん達だ。
* 大量のペタペタ足音 *あまりに素早い動きで、あっけに取られてしまった。
すぐ後ろに何かが迫ってるらしく、パニックになりながら、カタカタと走り去って行っちゃった。* 子どもたちの歌声が遠くから聞こえる *その、何かってのはすぐ見えてきた。からみ合う馬の群れのように流れてくる高波が、この下水道におそいかかった。
波が間近にせまったその時……!* ザバーーーーーン!!!!小さく、ヌーンの悲鳴 *やっと分かった。* 子ども達のワァワァ喜ぶ声 *上にいる子ども達は、この波を楽しみにしてたんだって。ずっと待ち続けていたあの子たちは、上にいるから波にぶつかる心配は無い。だからこそあんなに嬉しそうにしてるんだ。
波が通る瞬間に、流れてくるモノをかすめ取る。
それが、子ども達の恐ろしいお祭り騒ぎなんだ。* 激しい流れの音! *
* 緊張感のある音楽が始まる! *私は最初の波にぶつかって、うしろの迷路のような水路に向かって向かって流された。
水中でもがいて、水面へ行こうと必死に泳いだ。* 水面に顔を出す音 *そうこうしてると……* 静かな空間の音 *波が止まった。もう泳ぐ必要も無くなった。
そこに、キャンドルマンが現れた。
こわれたドアみたいなものに乗って、ただよってきた。オットー:
その出会いを……くわしく語ってくれ……
僕に……「僕たち」に必要な答えを、あの男は持っているんだ。
間違えなく、あいつこそが君を苦しめている張本人だ。ヌーン:
私はそうは思わないな。
今回は、あの男に対して直接話しかけることができた。
「なんでここに連れてくるの?何が目的なの?」
男は答えた。
『境界を渡り……煌きに沈み……、古い眠りを棄て……新たな眠りへ。』
私は大声で聞き返した。
「なぜなの?私がどうして」
言い終わる前に、男が話し始めた。
『災い……。内ではなく、外……。ここに、すべての災いが解き放たれる……。』オットー:
更に謎が増えたな。きっと僕には解けないとやつは思ってるだろうが、きっと、ヌーン(遮る):
私にはもう解けたよ。
あっちの世界に身を任せれば、私はもう病気にならないということ。
だから、だから……あっちにいるときは、頭痛が無いんだ。寄生虫もない、実験も無い。オットー:
そんなはずはない!そんな!ヌーン:
わたしは!あの男に連れてって欲しいってすら思ったよ!オットー:
だまれ!* オットーが飛び起きる *ヌーン:
ここから逃げられる、あなたから逃げオットー(遮る):
それはアイツの思う壺だ!ヌーン:
たぶんね、オットー(遮る):
アイツはオマエを連れていこうと!ヌーン(遮る):
たぶんね、あなたのシィシィって人も、きっとそう思ったんだ!あっちの世界が安全だって!オットー:
はぁっ……!* オットーが左へ、ドアを開ける音 *
* BGM:子ども達の鼻歌 *ちがう……!!……。
僕は……ただの小さな少年だったんだ……。* ドアを閉める音、BGMが余韻を残して止る ** しばらく間をおき、テープを早める音 ** テープを再生する音 ** 右でがさがさ物音、左からオットーがドアから入ってくる音 *オットー:
今夜は終わりだ。出てけ。とっとと自分の部屋へ行け。ヌーン:
これ何?オットー:
……僕の机を勝手に漁ったな?ヌーン:
これ、私の名前が書いてある。私の頭のスキャンだよね?オットー:
抜け目ない子だ。ヌーン:
それで、なんか写ってたの?オットー:
あぁ、あったよ。君の能に巣食っている腫瘍が。ヌーン:
それはわかってるよ。治療法のこと。どれくらい悪いのか…オットー:
脳に腫瘍があるなんて、良い分けなかろう。ヌーン(泣きそうな声):
……!
教えてくれたら良かったのに!
な、なんで今までだまってたの!オットー:
必要な時まで言う主義じゃないのさ。
さぁ。
は・や・く・ね・ろ!ヌーン:
うぅっ……分かったよ……。* 外で嵐と雷の音が続く *でも、キャンドルマンが話し終わった後……
私はまた波に流されて、整備室にたどり着いていた。
風船頭の男は、不安そうな様子で、窓の外をのぞいてた。
あいつは、上にいる子ども達とは間逆だったんだ。
この下水道で暮らす以上、あんな波ほど恐ろしいものは無い。
その代わりに、彼は上に住む住人がうっかり落としたものを、大切に扱ってたんだ。
気づいてた?
どっちも相手の持っているものを欲するけど、ゼッタイに、自分の力じゃ手に入らないってこと。今日は、アメ2個とっちゃうから。* ガラス瓶を漁る音 *オットー:
好きなだけ取って、さっさと行け。* ガラス瓶を閉める音 ** テープを止める音 ** 静寂 ** 音が始まる、さっきより大きな嵐と雷の音 *オットー:
はぁ……。
きっとヌーンに伝えたのは残酷だったな。ただまぁ、あの子が寝ている間、僕は教授が示していた向こう側の世界へ行く条件について考えていた。
教授の話は正解だろうが、それも部分的だと思う。
フェリーマンが作り上げた苦しみの劇場を見るだけで、恐怖が必要不可欠であることが理解できる。
僕は誰よりも知っている。ほんの少しの恐怖が、発見へと駆り立ててくれるだろうことを。
入り口の場所に関しては、この世界のどこかではなく、きっと心の中に隠されている。
あの腫瘍が、未知の入り口と関係している可能性は無いだろうか?
超全的機能を持つ臓器。まだ機械には未完成なところもあるだろうが、この「催眠映写モニター」は機能するぞ。あの子が煌きとやらを渡るなら、僕の選択肢は……言われた言葉を借りて「トライ!」だ。* テープを早回す音 *
* テープを再生 *BCIの前を通ったが、あの子はほとんど身動きをしなかった。
すべて着実に進んでいる。あとは夢が始まれば、即座に神経信号が視覚化されてモニターに映るだろう。ヌーン:
……オットー?オットー:
しー、静かに。ヌーン:
(むにゃむにゃ……)オットー:
しー……!眠りに戻るんだ。* テープを早回す音 *
* テープを再生 *オットー:
今は真夜中だ。今までよく頑張ってくれたが、ついに実を結ぶときが来た。
さて、見せてくれ、ヌーン。
向こう側を見せてくれ。ヌーン:
ん……うーん……* ぶつっ *オットー:
この映像は……めまぐるしく変わる、真っ黒な……
不自然な深い深淵だ……
(ヌーンのうめき声が続く)まて、この形は……。分かりづらいな、モヤに被い隠された先を覗いてる感じだ。あれは!?影だ!
楕円形、中央から避けて見える!ああああっ!!!* 雑音が混ざり始める *太陽の……ように眩しい……ちがう……!
あれは……瞳か……!
まぶしい……!
な、なんてことだ……僕を見ている!
僕を、見ている……!
うわぁあぁ!* 雑音が激しくなり、静かになる *中央からくぐもったの声:
ハァ……ハァ……。ハッ!ヌーン……?ヌーン!!
~終~
訳注
『境界を渡り、煌きに沈み、古い眠りを棄て、新たな眠りへ。』
最初は『封印(seal)を渡り』と訳していました。他の方の作った文字起こしをみるとsealではなくsill(敷居)とありました。
確かに境界とか敷居って言葉は出ててこちらの方が正しそうだったので、sillの意味で修正しました。
ヌーン:ジコユーナントカか知らないけど、やる気あるの?
オットーがベッドに入るときに言った言葉「hypnagogia/自己誘発催眠」を、ヌーンはうろ覚えで「hypergoclia」と話してます。
オットー:まだこの機械には未完成なところもあるだろうが、「催眠映写モニター」は機能するぞ。
「催眠映写モニター」は造語っぽいです。hypo(催眠)-graphy(映す・印刷する)を掛け合わせた言葉。
オットー:BCIの前を通ったが、あの子はほとんど身動きをしなかった。
BCI=ブレイン・マシン・インタフェース。脳波の検出や、逆に能へ刺激を送る機械。セッション後とはいえ、今夜は機械ナシって約束を即効で破るオットーさん。
音楽について
BGM:くぐもった音で音楽が流れる
BGM:子どもの鼻歌
今回は、「屋根裏部屋のノーム」や、リトナイ2のテーマ曲の鼻歌といった、知っている人ならピンとくる曲が使われていて、音楽を聴くだけでも楽しめる要素が多いです。
中央からくぐもったの声:ハァ……ハァ……。ハッ!ヌーン……?ヌーン!!
最後のは誰の声?状況的にオットーかな?
Chapter 6: The Lonely Way 孤独の道音声はここをクリック→公式英語音声
* カセットのスイッチを押す音 *???:
ハァ、ハァ…(恐怖に慄く荒い息)* カセットのスイッチを押す音? *オットー(やや劣化した音声):
ただひたすら、底に向かって、沈み、沈んでいく……???:
ハッ……!オットー(やや劣化した音声):
再び目を覚ます、その時まで。* カセットを巻き戻す音 *ナレーション:
リトルナイトメア オーディオフィクションシリーズ。
6章 孤独の道。* 巻き戻りがストップし、カセットのスイッチを押す音 ** カリカリねじを回す音 *
* コポコポと泡が出る音や、機械の音が続いている *オットー:はぁ、装置はできる限り修理した。モニターは壊れたままだが、ほぼ完成と言っていい。
夢見者と観察者の間を繋ぐ信号の忠実度を維持するために帰還抵抗を設置した。それが向こうの世界の不快な恐怖感を抑えるかどうかは分からない。
しかしながら、最も重要な構成要素は、全く持って頼りない。
周波数を伝達する夢の媒体者、ヌーン。* 機械音 *二晩前には、あの子が完全に消失したと思って恐怖だった。
過去の例と比べても最も長い移転時間だ。日が昇ると応じに体が戻り、南等の中庭に姿を現した。
それ以来ヌーンは部屋に監禁され、四六時中監視がついている。ヤツはあの子を手放したようだ。
なぜ?はっ。僕をもてあそんで、無力だと思わせるためか?* BGM:恐ろしげな音楽が始まる *はぁ……。ザヒアの視線。
月明かりに照らされた絵を見ると、最初のセッションを思い出す。
……。
そうだ……。イメージは以前より鮮明になった。
ヌーンは僕のアストロラーベ、僕を導く道具として、この世と別次元にある海の向こうの地へいざなってくれるだろう。
僕がフェリーマンにたどり着けないのなら、あの子が僕の所まで連れてくればいい。* テープの音が途切れて、再開する ** 革靴の固い足音 *オットー:
ありがとう、お休みください。* 右遠方へ、別の足音が遠ざかっていく ** 鍵束が鳴る音 ** 解錠、ドアが開く音 *ヌーン:
今度は何?
あぁ……あなたね。オットー:
今夜の調子はどうだい?……。……会って最初に、一言も無いのかい?ヌーン:
話す気分じゃないです。オットー:
誰にも?僕に対してだけ?ヌーン:
他に誰か診察する患者さんはいないの?オットー:
その態度は君の特権か?そうは言っても、話を聞きに来たんだ。ヌーン:
いや!あなたって、ぜんぜん聞いてくれないよね!* ゆっくり歩く *あ!今回はお花もケーキも、買う必要ないから。* 椅子に座って軋む音 *オットー:
君に話すんじゃなかった。ヌーン(右側から):
もう信じないもん。
今はじゅうぶん、あなたの人生も良くなってきたでしょ。前にママ言ってたんだ、真実を他人にかくしてもそれを変えることはできないって。オットー:
たとえ不必要な痛みを避けることができたとしても、その成長は良性である可能性が高い。無害だ。ヌーン:
やめて!やめてよ、こっちをさらに傷つけてることも知らないで。
能に腫瘍があるかどうかは知らなかったけど、それ自体は前から感じてたんだ。またどうせウソでしょ。ちっとも大丈夫じゃないんでしょ?オットー:
……分からない。僕が知っていることは、なにか害がある場合、心よりも先に体の方が先に察知することが多いということだ。
重要なのは、体という放送局にチューニングを合わせて聞く方法を学ぶことなんだ。ヌーン:
それこそ得意分野でしょ、「カウンセラーさん」。オットー:
そして今こそ、目と耳を、君の体に向けてチューニングを合わせて、一緒に知る時が来たんだ!
僕も入れてくれ。ヌーン:
機械も、実験も、アナタも、ぜんぶ関係は終わりました。オットー:
この装置は、ちゃんと動作するぞ。* BGM:環境音から徐々に不穏な音楽が始まる *こいつが完成したお陰で、セッション初回より知識の限界が広がったんだ。
君と僕の脳をつなげて、「ノーウェア」へと、君が見る世界を僕も見ることができるんだ。
今までも約束していた通り、君のことを助けたいんだ。ただ、フェリーマンと話さえできれば。ヌーン:
だれ?!オットー:
……。キャンドルマンだ。ヌーン:
いや、あなた今フェリーマンって言った。
フェリーマンってなんなの?
ふんっ、どうせ例の人が言ったんでしょう?シィシィ、きっと私と同じ人を見たんだ。オットー:
だからこそあの男だけは、僕が理解して、答えへたどり着く手伝いに……ヌーン:
理解って何なの?!
* 右にいるヌーンが何かをひっくり返す *オットー:
何もかもだ!ヌーン:
私はずっと、つっつかれたり、調べられたり、話しかけられたり、機械につながれたり、何のために!一体……っ!
ううぅ!!頭が!!
頭の中が、焼けるように痛い!
ほんとは眠りたいけど、同時に怖いんだよ!看護師さんが様子を見ようとジャマしに来るし!!* ヌーンが半泣き状態 *オットー:
僕の機械では君に眠ってもらう必要があるんだ、ヌーン!
休眠中の脳はシータ波を生成し、機械でその波長を読み込み、コンピューターインターフェイスを介して、神経経路から僕たちの脳波を調整する!
一度でも、僕たちの脳の波長を合わせさえすればな!
そうだ、前に「相互夢」について考えたときのことを覚えているか?
この機械があれば、それが容易に実現できるんだ!ヌーン:
何言ってるのか、今の話、ぜんぜん分からない!オットー:
2人で一緒に怪物に立ち向かえるってことだ!* ヌーンが微かに息を荒くしている *ヌーン:
この機械……私も眠ることができるの?オットー:
今までに無く深い眠りにね。* ガラガラ… ** カセットが途切れる *
* BGMの不穏な音楽は途切れなく続く ** 環境音が再開する。コポコポ、泡の音などが再び聞こえる *ヌーン:
鉄のクモの糸……。オットー(右から):
なんだって?あぁ、これは「共振帽子」、一人1個ずつ用意してある。
この細糸で測定したものは、インターフェイスを介して僕らの脳同士で電気パルスを伝達できる。非侵襲的で無害だ。先に僕が装着してみせよう。* ガサガサ、ウィィィィン…… ** 左でガラス瓶のふたを開ける音 *ヌーン:
……気が変わった、帰る。オットー(左から):
後戻りはできないぞ!
甘いものでも食べて気持ちを落ち着かせるんだ。ほら、取りなさい。ヌーン:
3つも?私、何も食べたくない。お腹の調子も悪いし。オットー:
取るんだ!!ヌーン:
はぁぁ……はーい……。オットー(右へ移動):
心を漂わせて、またいつものように始めよう。
前の夜はどこへ旅してきたんだ?* お菓子の包みを開けて、アメを咬む音 ** ヌーンに変化が起こったかのように、大きな息がエコーする *ヌーン:
……目を閉じると、無限の闇の中をただよっていた。
そのまま何時間も経ったように感じて、気がついたらカビくさくて散らかった部屋にいた。
壁際には模様のある布が山積みになっていた。木製の長い机には、スクラップと工具がいっぱい。* 左からミシンのような音 *
* BGM:弦楽器で奏でる物悲しいレクイエムのような音楽 *そして、閉まったドアの向こうで、機械の音が聞こえてきた。
どこかでかいだ、かすかなリンゴアメのにおいがして、心を引きよせる悲しい音楽が聞こえた。壁の片側には、洋服がぎっしりつめ込まれた棚があった。* ラックを漁り、金属製のハンガーがこすれる音 *私には大きすぎるサイズだけど、部屋の中には顔や腕のないマネキンがあって、そっちのサイズにピッタリに見えた。
マネキンはみんな服を着ていた。
黒い汚れがにじんだ白いウエディングドレス。
紫のスーツに赤い蝶ネクタイ。
3番目のマネキンには、黒いビロードのマント。* 2個目のお菓子の包みを開けて、口に含む音 *机の足元には小さな木の衣装箱があった。* 箱を開ける音 *中には、小さいサイズの服が詰め込まれていた。* 服を調べる音 *お医者さんの服、ピンクのチュチュと靴、あと黄色いレインコート。オットー:
黄色?他に誰かいなかったのか?ヌーン:
人形がいただけ。オットー:
何の人形?* 3個目のお菓子の袋を開けて、口に含む音 ** 夢の中のヌーンが「ハッ!」と掛け声で机に上がる音 *ヌーン:
机の上にその人形はいた。* BGM:音楽にオルゴールのような音が混じる *糸巻き、針、リボンの切れはしに囲まれて、さびたハサミが胴体に突きささって、机に押さえつけられていた。痛々しいささり方だった。大きな顔で、大きな口。その口は、への字に下がっていた。
ほっぺたはやせこけていて、黒い瞳はほのかに光っていた。
はしのほつれた麻ひもを片腕に下げていた。持ち物はそれだけ。
ふわぁ……。(あくび)服は着古されたようにボロボロで、ショーをしていた時のラスティの服に似ていた……。
もっと近くで見ようと身をかがめると、人形は命が宿ったかのように動き出して、私の足をつかんだ……。* ぜんまい仕掛けの機械のような音、夢の中のヌーンが驚く声 *私は逃れようとして、人形を引っ張って、こけて、もがいて、けった。でも人形は私の足首をしっかりとつかんだまま。私は近くにあったビンに手をのばした。
それを人形の頭に投げつけた……。* 夢の中のヌーンが、こけたり、暴れたり、ビンを壊す音 *人形は、私の足首をはなして動かなくなった……。
同時に音楽も止った……。* カチャリ(手を離す音) *
* BGM止む ** 機械音が大きくなり、ドアが開く音 *
* 夢ヌーンが息を呑んで、飛び降りる音 *私は机から飛びおりて、さっきの木の衣装箱に飛び込んだ……。
* 箱を閉める音 *フタを閉めて、鍵穴から外の様子をのぞいてみた……。
新しいマネキンみたいな、きれいなドレスの人が、ドアの枠に立っているのが見えた。背中を向けてる……オットー(響く声):
しぃぃ……いつもの眠りに戻るんだ。ヌーン:
その女はどんな小さな動きでも、固くて機械的だった。体は動かしていないのに、首だけが回っている。
* マネキンやミシンの音ガチガチ音が続く *不自然にキラキラの髪……不自然にプルプルのくちびる……
それに、目も、不自然にガラスっぽくてキレイ……
何もかも、とても美しすぎる……本物のヒトにしても、作り物にしても……。
首が向きを変えて、机の上にあった人形の方を……見た……。こわれたビンも……。
女は体をふるわせ始めた……。* ヌーンがゴソゴソする音 *私は衣装箱の中で、服の下へもぐって、さらに身をかくした……。* ガチャ!!箱が空く音。同時に夢ヌーンが息を呑む。 *女はその衣装ケースのフタを開けて……黄土色のトレンチコートを取り出した……。* ミシンを使う音 *ミシンを使って、片方の破れそうなところを……一気にぬっている……。
その様子を見ていると……まるで私の断片をぬい合わせて元に戻してくれた、ノーウェアに似てると思った……。
強い力を取り戻して、頭痛も無くしてくれる……。オットー(遠いささやき声):
もうすぐ出発だな。ヌーン:
私はもっと体を縮めた……。
次に女は銃を入れる袋を取って……また一気にぬい始めた……。
もう見つかっちゃう……。
逃げ場も無い……。* 夢ヌーンが掛け声と共にフタを閉める。全ての音が遠のく。 ** オットーの部屋の機械音が明瞭になる *フタをしっかり閉めた……。けど、ずっと閉めたままにもできない……。
すぅ……。すぅ……。オットー(右):
催眠の閾値に達したな。
あっちへ渡り終わってしまう前に、僕たちの神経を中継しよう。* オットーが左右を往復、ヌーンが呻く *
……。* 機械のスイッチを押し、うなり始める *
周波数を調和させれば、僕も眠りにつくことができる。
……。* 機械のうなる音、ピッ!という音が続く ** ヌーンの寝息が徐々に大きくなる ** ドクン! *ヌーン(強いエコー):
はっ!!
誰かが衣装箱を開けている!……今だ!オットー(遠くから+エコー):
何?!まだ向こうへ行くはずがない、早すぎる。
まだヌーンの姿が見えない!ヌーン(強いエコー):
何も見えない。あのカンペキすぎる女はいなくなっていた。
私達のあたり一面は、真っ暗闇に包まれてる。
自分の手が見えないくらい。* 不思議な音が前後左右にぐるぐる回る *眠った状態と、覚めた状態、同時に起こってるみたい。オットー(エコー):
それは、あー、想定しておく必要があった。通常は特定の条件下でのみ発生する。なぜか今そうなってしまった。
想定よりいい結果ではあるが、まだ何もするな!ヌーン(エコー):
あぁ……ちがってた。これは暗闇じゃない。モヤみたいな。
真っ黒でうすいモヤだから、半分、実体化してるように見える。あ、私は今あそこにいるんだ。中間の場所。オットー(エコー):
「境界」に到着したんだな。僕が行くまで待ってくれ。待つんだぞ。ヌーン(エコー):
前にも来たことがある。キャンドルマンといっしょだった。オットー(エコー):
目を瞑って。じっとしてろ。* 汽笛のような音(オットーの機械?) *
* BGM:思い重低音、徐々に低い音になっていく *ヌーン(エコー):
できない。私は、ただフワフワただよってる。足が地面についてないんだ。
その代わりに、モヤが指のように広がってて、まるで私を少しずつ作り直してるみたいに、自分自身を見ることができてるんだ。
それから私の上の方に、いや下かもしれないけど、今まで見たこと無いくらいピカピカ光る星が広がってるんだよ。
何百、何千万の星が、まるで海の上に浮く無数の島のように光ってる。なんかね、ずーっと何年もここにいるような感覚になってきた。
それでも、ちっともタイクツしないよ。ふふっ……。はっ。
向こうに何かの形が見える。
ドアの形かな。そっちにも見えてる?オットー:
いいや。聞いてくれ、僕を待っていてくれ。もうじきそっちに着くから。
僕を置いたままドアのほうに行かないでくれ。
とても近く、本当にすぐ近くまで来たんだ。ヌーン:
どっちを向いても、ドアが私の前に現れる。
しかもどんどん近くなっていく。* ピッ!という音が時々鳴る。機械音 *とっても古そう。夕焼け色の、節くれだった木でできてる。
いや、木じゃなくて液体かな?どっちにも見える。
ドアの枠は、ぐにゃぐにゃ動いてる。
ドアノブは無い。
真ん中に何かの模様がある。
……目の形だ。* ドン、ドン…… *オットー:
今のは何だ?誰かドアの外にいるのか?ヌーン:
どうぞ入って。
って言っても私は外にいるけど。* ギギィィ…… *あぁ、アナタだったんだ。オットー(遠い):
僕が見えるんだね?ヌーン:
そっちのアナタじゃない。
あの人だよ!よく聞いて。* 息遣いが聞こえる、ささやき声のような音も聞こえる *オットー:
もう少しでやつの気配が聞こそうだ。もう少しだ。ヌーン:
もっと教えて欲しいの!なんで、私なの?オットー:
お前が!僕のシィシィを連れてったのか。キャンドルマン:
若きものだけが咲かせる花びらは清らか……。しかし根こそぎにされ、内なる白は損なわれる……ヌーン:
ドアの中へ?どこにいくの?オットー:
行くな!……そっち側にいるのか?シィシィはどこだ?!キャンドルマン(+ヌーン?):
我々の世界は、大海原のように広く、井戸のように狭い……ヌーン:
私はドアの向こう側へと一歩ふみ出した。オットー(遠い):
待つんだヌーン!僕にはシィシィに、キャンドルマン:
沈め……潮無き海に沈め……ヌーン:
彼は私の手を取って、ドアの向こう側に迎え入れてくれた。ここには、どこの方向へも一気に進める階段があるよ、オットー。
オットー、アナタにも見えたらいいのに。
本当にたくさんの星、チカチカする赤い月の周りに、星とか星座とか輪っかが見えるよ。
……いや。
月じゃない。星もちがう。
あれも全部、目なんだ。
色んな大きさ、形、あなたが想像できる限りの色々な目だよ。
注意深いの、キラキラしたの、パチパチまばたきしてるの。その光は、暗いモヤへとしたたり落ちてく。* ヌーンの声が二重になる *全部の目が私を見ている。
見透かしている。* ヌーンの声が一人に戻る *私のこと、お気に召してくれたみたい。オットー(遠い):
ドアを閉めないでくれ!その少女を離して!どうかお願いだ、僕も連れてってくれ!ヌーン:
カウンセラーさんも、こっちに来たいって。キャンドルマン:
老いすぎている……領域に餌を与えてしまう……。ヌーン:
なんのこと?あ!この人、ずっとあなたに話しかけてるみたいだよ。オットー(遠い):
それは分かってる。この時をずっと待ち望んでいたんだ。
僕をそっちへ渡らせてくれ、フェリーマン!聞こえているんだろう?ドアの前まで呼んでくれ!ヌーン:
オットーが言うには、キャンドルマン(遮る):
ガァァ……。
償いは終わったが……飛び込むには、押される必要がある……。ヌーン:
あっ!急にドアが変わってきた。鼓動みたい。
いや、変わってるのはドアの中に見える景色だ。ぼやけた顔たち……子ども達……そして……。ごめんなさいカウンセラーさん。* ヌーンの声が再び二重になる *ドアがゆっくり遠のいていってる。オットー(遠い):
どうやって入るんだ?知りたいんだ!渡り方を教えてくれ!* BGMが大きくなっていく *キャンドルマン:
四半分……与える……。
苦痛に設定された代償はまだ支払われていない……。寝りの時間だ……。オットー(遠い):
僕は何も持ってない!何を渡せばいいんだ!
お願いだ、教えてくれ!キャンドルマン:
眠れ、「ルース」。ノーウェアへと眠りつけ。* ヌーンの声が一人に戻る *ヌーン:
手を取って。オットー(もっと遠い):
取りたいと思ってるんだがヌーン:
アナタじゃなくて、キャンドルマン。迷子になっちゃうから。オットー(もっと遠い):
どこにいるんだ?お願いだ、僕はシィシィにもう一度会わないといけないんだ!ヌーン(二重の声):
モヤが指のような形になって、またたきする瞳とまざり合い、月が開き、周囲に渦巻いている。
また自分らしくなった気がする。オットー(ほとんど聞こえない):
後生だ!チャンスを!!僕にもチャンスをくれ!!僕にも!!* BGMが止む *ヌーン(二重の声):
でも、まだここにある。
なんで残ってるんだろう、この暗闇。
これがその秘密なんだ。
ここにかくれているんだ。
私の体はずっと知ってたんだね。* ドアの閉まる音 ** 柱時計の音のようなBGM *オットー:
はっ!!
* 機械の異常アラーム音 *どこだ、ヌーン!
お願いだ!……また消えないでくれ……!!うぐうう!!!* 左からガシャーン!!ヌーンがいた場所の機械が壊れる ** テープが少し止まる ** アラーム音は止っているが機械の音は続く *あの子は僕を見捨てたんだ。僕から離れたいと言ってたもんな。* ウロウロする足音 *あぁ、シィシィ!君まで僕を見捨てたのか?そんなわけは無い、もちろん。姉さんはそんなことをしない。するわけがない。
小さい弟を残して行ってしまうなんて、そんなマネ絶対しない。(泣きそうな声)そうだ、そんなはずは無い。* テープが少し止まる *はぁ。
あの子が聞いていたことが僕にも聞こえてきたことは確信している。だろう?
フェリーマン。
彼は、四分の一が与えられると話していた。誰に?
ノーウェアに入るには、通行料を支払う必要があったのか?この考えであってるのか?
アレは虚言だったのかもしれない。もう一つ分かった仕掛けがある。ハァ、ハァ……僕にこれさえできれば。
ただひたすら、底に向かって、沈み、沈んでいく……
再び目を覚ます、その時まで。* カセットを止める ** カセットを早まわす ** カセットを流す ** ジャラジャラ、左で作業をする音 *オットー(左から):
なんて恐ろしい重荷だ。
空間と時間の法則を知ること自体は楽しいが。あの子の見た夢は今も僕の中に残っている。
僕という存在の前に降り立ち、この地域一帯にも広がった。今できることといえば、あの言葉を何度も何度も検討するほか無い。
もしフェリーマンが言ったことが難解な真実だとすれば、敷居をまたぐ方法は他にもあるということだ。そして僕がそこへ行くときには、恐怖という名のレンガで舗装されているのだろう。全てのテープを見直し、全ての秘密を明かしていこう。
答えはあの中に眠っている!* オットーの声が右中央へ移動していく *あとちょっと。あ、あとちょっとだったのに。
僕が流されそうに、* ガチャ!(右から) *イーサン!部屋から出たらダメだよ。
……。あぁ。無遊歩行で来たのか。
君の夢が僕のところへ導いたのだね。* オットーが再び手を動かし始める *イーサン:
うぅーん……。オットー:
君は夢遊病、単純にそれだけだ。
睡眠時随伴症は子供によく見られる。
……しかし、それが新たな症状なら、何かしら変化が起きた兆しかもしれない。イーサン:
うぅー、うぅーん……。なんだ?あぁ、散らかってるのは、探し物をしてたんだ。
でも、やっと見つけた気がする。* エンディングBGM *さぁ、また眠るんだ。そして明日は僕と一緒に夢の中へ。夢、夢、そして新しい眠りへ。待った。
部屋に戻る前に……* 左に歩き、ガラス瓶を取って右に戻る *お一つどうぞ。素敵な男の子へ。* ガサガサ *よしよし。* ビンをしまう音 *可愛い君に、甘~いお菓子を。* テープを止める音 *~ 終 ~
訳注
???:ハァ、ハァ…(恐怖に慄く荒い息)
この「???」は、オットーなのか、それともテープを聴いている別の誰かか、不明です。
オットー:なんだって?あぁ、これは「共振帽子」、一人1個ずつ用意してある。
オットーの道具のネーミングセンス、分かりやすくて良い。
我々の世界は、広く深く、井戸のように狭い
↓
我々の世界は、大海原のように広く、井戸のように狭い
原文:"A world as wide as the deep, and narrow as the well."
"deep"は海の意味があります。知識不足で、最初は一番簡単な意味「深い」で訳していました。
ヌーン:
それから私の上の方に、いや下かもしれないけど、今まで見たこと無いくらいピカピカ光る星が広がってるんだよ。
何百、何千万の星が、まるで海の上に浮く無数の島のように光ってる。
星の輝きを、無数の島が光ると例えています。「海の上に浮く」という言葉は原文にはありません。
フォロワーさんに聞いて、島といえばきらめく波、貝がら、お宝など、まぶしいイメージからこの表現をしているとヒントを貰ったので、言葉を補足しました。
キャンドルマン:
眠れ、「ルース」。『ノーウェア』へと眠りつけ。
ルースは人名、ヌーンの本名らしい。
* あとがき *
●特徴的な用語●
リトルナイトメアの世界では、作品全体の特徴として、固有名詞は出てきません。
よくある一般用語をそのまま使ったり、組み合わせたりして、この世界独自の表現をしています。
キャラクター名ですらそのような傾向があります。
例えば「ノーム(Gnome)」はドイツ語で大地の妖精の意味で、公式Xでもそのように説明しています。
そのノームという言葉ですら、ファンが"Gnome"ではなく"Nome"を使うことが多くなったせいか、今は公式も"Nome"を使うようになりました。
地名も同じです。モウだけは一般用語ではなく固有名詞かな?話を戻しまして……固有名詞であればそのままカタカナにできますが、一般用語の場合は色々な意味で翻訳できてしまうため、将来的に公式和訳が出るとすれば、別の言葉を当てはめられる可能性は高いです。
<12/11~追記>
公式訳が出たので、判明したところはここに追記します。
私は下記の様に翻訳しました。寄水病 / water sickness
この世界独自の病。「寄水病」は私が勝手に宛がった意訳です。
公式訳は「水の病気」。カウンティー / county
直訳:郡・田舎。
ヌーンやオットーのいる世界。
公式訳も同じくカタカナ表記のカウンティ。ノーウェア / Nowhere
直訳:どこも~ない・ない場所。
ヌーンが見る夢の世界。異なる夢だと思いきや、1つの世界。
日本語公式も「ノーウェア」と記載しています。閾値 / threshold
直訳:閾値・狭間。
ノーウェアとこの世界の境目。カタカナで書くと「スレッシュホールド」って長っ…。
日本語化するに当たり悩むのは、一人称、二人称などをどうするべきかというところ。
なるべく目立ったキャラ付けはしないように意識しています。ヌーンの設定
一人称は「私」二人称は「あなた」。
翻訳を始めたころは、内気以外の特徴が分からなかったので、中性的なイメージで翻訳していました。
話が進むと、女の子らしい一面が沢山出てくるので、「~なのよ。」「~かしら。」と、女言葉にしても良かったのかなと思ってます。
ヌーンの年齢にふさわしい、子どもらしい言葉使いへと最後に修正を入れました。
公式訳では所々女言葉でした。オットーの設定
一人称は「僕」「僕たち」、二人称は「君」。
標準語。子どもに語りかけるときは、優しく紳士的な口調で、独り言のシーンは専門的な言葉を多様する博士のようなイメージです。
れっきとした大人ですが、感情的になると口の悪い少年っぽくなる印象があるので、そんな場面では口調をあえて子どもっぽくしています。顔たれおじさんの設定
一人称は「我々」。極力発する言葉は少なくしています。キャンドルマン?フェリーマン?守護者?みんな好きに読んでるから私もニックネームで呼んでみる。
●後で翻訳修正した箇所の中で重要な部分●・上に書いたとおりで「水酔病」を「寄水病」に変更しました。また、ヌーンやオットーのいる現実世界の場所を「カウンティ」に統一しました。・ヌーンの話す言葉や言い回しを、なるべく小学生レベルにしました。
全部を小学生レベルにすると読みづらかったので、一部の中学生レベルはそのまま残しています。・ヌーンが前に住んでいた場所"aprtment"の訳を「アパート」から「マンション」に変更しました。
イギリス英語話者が"aprtment"と言う場合、日本やアメリカの使うアパートよりも高級なイメージがあるそうです。
公式訳はそのまんまアパートでした。あらまぁ…。
●ファンの方から教えてもらった考察要素●・シィシィ(Sisi)は数字の「7」を意味を持つ人名。
・オットー(Otto)は数字の「8」を意味を持つ人名。
どちらも赤ちゃんの名づけ本に記載のあるくらいに一般的な名前です。黄色いレインコートや、5章の「少年だった」と呟くオットーのBGMが、シックスを彷彿とさせる曲なところから、シィシィはシックスなのか。
それとも、ベリーリトルナイトメアの少女なのか。まだ多くのナゾを残したまま、サウンドオブナイトメアは幕を閉じます。
●翻訳作業の手順と、その途中に起こった不思議な出来事●文字起こしには、録音ツール「SoundEngine Free」で音声を保存し、「Notta」というAI文字起こしを使って一気に文字にしています。
精度は感覚的に90%くらい。違和感のある箇所は自分で聞いて直します。
BGMが大きくざわついているシーンや、超ゆっくり喋るキャンドルマンの言葉はうまく拾ってくれませんが、基本的にはバツグンに拾ってくれるので便利でした。
Threshold (閾値)を、Flesh hole(生肉穴)と文字起こしされたときには、不気味レベルを上げなくていいから!と一人ツッコミしてました。今回起こった不思議な出来事というのが、ヌーンの最後のセリフ、この文字起こし内容。But it's still there.
Why is it still here? That darkness?
That's the secret.
It hides in this place.
My body knew all along.
The secret is here.
(訳)
でも、まだここにある。
なんで残ってるんだろう、この暗闇。
これがその秘密なんだ。
ここに隠れているんだ。
私の体はずっと知ってたんだね。
その秘密がここにあるってことを。最後の"The secret is here."は、流れ的に自然ですが、実際は喋ってないセリフでした。
Nottaでは文字起こしした文章を指定して、音声つきで流すことができるので、
"The secret is here."を喋っているシーンを聞いてみると、時計がボンボンなってる音だけ。
時計の音が偶然そう喋ってるように聞こえたのか、それともバグなのか、それとも……。
怪奇現象に首を傾げています。ちなみにNottaで翻訳しても分からない部分は、ファンサイト「littlenightmares.fandom.com」で、誰かファンが作った文字起こしを確認しました。
●終わりに●ここまで、Xで反応をしてくださった方や、メッセージで応援を送ってくださった方、感謝いたします!
#soundsofnightmaresのタグをつけて、Xに絵を描いたりすると、原作者が見てくれることもあります。
作品を気に入ったら、応援も兼ねて、是非やってみてください。
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